第一章 下


そうこうしてるうちに登校時間となり、俺たちは家を出た。……のだが、
「…やっぱ足がスースーするな」
生涯を通じて初めてスカートを穿いた瞬間である。半ズボンとはまた違った涼しさが伝わってくる。正直、慣れないと気持ち悪い。
ちなみに制服に着替えるというのは、長門と入れ替わった俺の経験した最初の課題であった。長門にも手伝ってもらい、極力必要以上の部分に目を通さないように四苦八苦してなんとか着替えたのだが、着替えに10分近くも時間をかけたのもこれまた初めての経験である。おかげで朝食を食い損ねるところだった。
そんなわけで少々憂鬱気分で歩いている俺の横には、
「………………」
俺の格好をした長門が、単行本を読みながら歩いている。どうでもいいが、それ、危なくないか?
何か話すわけでもない、極めて静かな登校風景。だが、決して不快なものではない。
いつもなら北高までの登り坂に悪態を垂れながら歩いてるのだが、たまにはこういった登校も悪くないなと思い直しながら坂の麓まで来ると、
「おや、これはこれは」
意味深な微笑を浮かべて古泉が現れた。誰かモンスターボールを持ってるやつはいないか?
「珍しいですね。やけに早いと思いましたら、長門さんも一緒でしたか」
この台詞は俺に向けてではない。古泉は俺の姿をした長門に話しかけているのだ。どうやら「機関」は、ハルヒのやらかしたバカげた事象にまだ気づいていないらしい。
…ここで俺に、ちょっとした悪戯心が湧いた。
「………………」
もちろん長門は例のごとくの連続三点リーダ。ちらりと俺を見、何か理解したように軽く頭を動かす。…多少目の輝きが変わった気がするが気にしないでおく。
古泉は何か考えるような顔をしていたが、すぐに笑顔を見せ、
「どうしました?また何かお悩み事でも……」
「古泉、顔が近いぞ」
突然の不意打ちに、古泉は本気で驚いたらしい。何せ目を見開いて俺を見たからな。
「長門さん……ですか?」
「わたしはこっち。なに?」
長門が追い討ちをかける。しかしこの台詞を俺の声で聞くとなかなか気持ち悪いもんだ。
「…お二人とも、冗談は止してください。本当に驚きましたよ」
さすがに笑顔も引きつるよな、だがな古泉、これがリアルだ。
「………………」
これは珍しいものを見た。何せあの古泉が絶句しているのだ。記憶には焼きつけようとは思わんが。焼きつけるなら朝比奈さんのエンジェルスマイルか「あの」長門の微笑が最適だ。
そんなことを考えていると突然古泉が喉の奥で笑い出した。何だ気色悪い。
「いえ、あなた方を信じる要素が見つかりましたので。そんな笑みを浮かべられるのはあなたくらいですからね。長門さんの顔でそんな表情というのはお目にかかれませんし」
俺がどんな笑みを見せていたのかなどは知る由もないのだが、長門の滅多に見られない表情というのは興味深い。鏡でも持ってくればよかった。
「驚かせて悪かった。少し悪ふざけがしてみたくなってな」
「確かに驚きましたが、悪ふざけができるところを見ると、少しは心の余裕が出てきたようですね」
確かに今までトンチキなことに巻き込まれてたからな、余裕と言うか慣れだ。それに、
「たまには、こういう厄介ごとを楽しみたくなってな」
「心中お察しします」
ようやくいつもの古泉らしくなった。…断っておくが、決してコイツの心配をしていたわけではない。お間違えの無きよう。
「それで、どうしてこうなってしまったのでしょうか」
説明してやろうと口を開きかけたが、先に長門が口を開いてしまったので俺は黙っておくことにした。平時の長門は基本無口だし、問題はないはずだ。


「事情は把握しました。僕も最大限協力しますので、どうか決して涼宮さんに悟られないようお願いします」
別れ際に古泉はそう言った。この場合の協力というのは、事態の隠匿及び俺たちが元に戻るためのハルヒに対する誘導行為が挙げられる。
「ああ、このことは、朝比奈さんにも伝えておくべきでしょう。連絡は僕にお任せください」
異議申し立てを行いたいところだが、今回はやむを得ない。
「任せた」
俺は短く、無感情に返す。既に校舎内なので警戒は怠れない。
「では、放課後に」
こうして古泉と別れた俺たちは、いよいよそれぞれの教室に向かうこととなる。果たして俺は、生き残ることができるか。


- 5 -


[*前] | [次#]




目次へ
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -