第一章 中


結局、あの後俺たちは一睡もせずに元に戻るまでの数日間をどう過ごすかについてあれこれ打ち合わせた。お互いこの姿でしばらく生活を余儀なくされるのだから当然といえばそうである。
とりあえず、俺は長門に、長門は俺に各々の普段の行動パターンを細かく教え、原則その通りに行動するようにした。周囲にばれないための基本事項ではあるが、不安要素は多々ある。第一に、やはり長門だ。
俺の姿をした基本ノーリアクションのこの万能宇宙人端末の一挙一動に、クラスメートが奇怪な目を向けることは必至だ。特にハルヒ、谷口、国木田あたりに悟られてはまずい。
何度も念を押し、長門も「善処する」と答えてくれたから安心できるかといったら、逆に一層不安に駆られるのは、やはり悩める人間の性だろうな。
第二に、俺だ。知らないからというのもあるが、普段の長門の様子がどうしても想像できない。以前何度か谷口から長門に関する都市伝説めいた噂を聞いたことがあるが、それが役に立つかと聞かれれば甚だ疑問だ。
そんな不安のなかで長門本人から聞いた情報を簡潔にまとめてみると、

・クラスメートとの会話は滅多にない。特に男子はほぼ皆無。
・休み時間はもっぱら読書。昼食後は部室で読書。
・今月は掃除がないので終業後はまっすぐ部室に向かい読書。

…まぁ、何だ。こっちはなんとかなりそうな気がしてきた。
ちなみに授業の成績に関しては俺と長門とでは雲泥どころかアンドロメダ大星雲と日本海溝ほどの差があるので特別に情報操作をしてもらうことになった。これで教師から指名されるという心配はなくなったのだが、あたりまえながら授業中の居眠りは完全禁止とされた。
この睡眠不足はどこで解消すればいいんだろうな。


気づけば、空も白み始めていた。窓から差し込む光を見て、ふと気になったので聞いてみた。
「なぁ、そういやどうやって家から抜けてきたんだ?」
母も妹もあの性格だ。無断で出てきては後が怖いぞ。
無表情な俺の顔が、俺の声で淡々と答える。
「当分あなたは、週末の実力試験の対策のために友人宅に泊り込むことになっている」
……いつの間に情報操作を。いや、なら問題無いんだが…って、
「じゃあお前は当分どこに泊まるつもりだ?」
「………………………………」
少し長めの沈黙。そして、
「ここ」


「………………」
俺は二の句がつげない。これくらいの衝撃は確か去年の五月、ちょうどこの部屋で長門のトンデモ宇宙話を聞いて以来な気がする。あれ以来様々な奇妙奇天烈な事件にばかり巻き込まれてた筈なのだが、慣れというのは恐ろしいもので。いや、問題はそこじゃない。
「………………」
沈黙が空間を支配する。とりあえず、何か言わねば。
「…え、えーと、長門さん?」
長門の声で長門に他人行儀で話しかけるのも何か変だがそんなことはどうでもいい。
「それって、いろいろとまずくないか?」
パチリと瞬きをした長門は、
「何故?」
…平然と聞いてくれるな。
「何故ってお前…」
そりゃあ、いろいろとまずいからだ。
まず、この状況は形の上では同居とも言える。同性同士ならよほどのことがない限り変な噂が立つことは皆無だろうが、俺たちの場合明らかに周りの視線が白くなる。「ナニか」あったと見られても弁解の余地はあるまい。
それに何より、こんな状況がハルヒの耳に入ってみろ。それこそ世界崩壊の危機だ。
そんな俺の危惧をよそに長門は、
「別にやましいことはない」
きっぱりとのたまった。そりゃ俺にだって別にやましいと思うことはないが…。
それに、と長門は続ける。
「わたしはあなたを信じている」
だから俺は別にそんなことは考えてませんですよっ?!
がっくり首を落とす俺に、長門はただ首を微かに傾げるだけだった。


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