第一章 上


呼び鈴の音が、俺の意識を呼び戻した。
ええい、うるさい。俺はまだ眠いんだ。他人の安眠権は本来絶対不可侵なんだぞ。
ベルはしつこく鳴り響く。
くそっ、不愉快だ。だいたい、誰が何の用で俺の家を訪れやがった?妹よ、ミヨキチが迎えに来るなんて聞いてないぞ。
それでもベルは明瞭に鳴り―――。
ここでようやく気づく。
俺の部屋は二階にある。呼び鈴がこんなはっきり聞こえるか?答えは否だ。
目を覚ますとそこは……。
畳以外に何もない、殺風景な和室。
この光景には見覚えがある。
去年の七夕。四年前に時間遡行した俺と朝比奈さんは、元の時空に戻るために長門宅を訪れ、そして……、
再び、ベルの音。
何故俺が長門の家の客間で寝てるのかは知らんが、直感で分かる。今ドアの呼び鈴を鳴らし続けてるのは、あいつだ。
徐々に目が慣れてきた。暗闇の中、部屋を出た俺は、そのまま玄関に向かってドアの鍵を開けようとして、
「………………」
俺の手って、こんなに小さかったか?それに俺が身に纏ってるのは、明らかに女物のパジャマだ。
……まさか。
再度響いたベルの音と同時に、鍵を開け、ドアを開くと―――。

「………………」

この三点リーダは俺だけのものではない。今俺の前にいる「そいつ」も、俺と同様に無言だった。一つ違うのは、俺のは絶句で、「そいつ」のは単なる無言である。
ショックは除々に引いてきた。どうやら俺の予想は当たってくれたらしい。ちっとも嬉しくはないが。


目の前に、俺が立っていた。


確かに俺だ。だが、普段鏡で見る顔とは明らかな違いがある。
無表情、かつ無感情。そして周りは漆黒の闇であるにも関わらず北高の制服姿と登校鞄。常時こんな状態のやつは俺の知り合いには一人しかいない。
「長門…か?」
俺の口から出てきたのは、聞き覚えのある希薄な声だった。
「俺」はしばらく俺をじっと見つめ、微かに首を縦に振った。そして、
「あなたとわたしの精神が入れ代わっている」
と、俺の声で淡々と言った。


「原因は涼宮ハルヒ。ただし今回の改変は限定的かつ局地的。再修正は極めて容易」
自らの家に戻った長門は、お茶を注ぎながら短く語った。ちなみに現在時刻は深夜四時前。思えば制服姿で補導されずによくここまで来れたな。
中身は長門で間違いないのだが、外見はいかんせん俺である。手際のいい、長門口調の自分を見るのは、何とも気持ち悪い。
かくいう俺は、長門の姿である。一応自発的に気づいたし、先ほど鏡でも確認したので間違いない。それにしても、しかめ面の長門なんて初めて見たな。中身が俺とはいえ、なかなかに新鮮だった。
……閑話休題。で、
「…元に戻るにはどうすりゃいい?」
「もう一度涼宮ハルヒがあなたとわたしの精神転換を望むようにすればいい」
「お前の情報操作とやらで何とかできるんじゃないか?」
「できなくはない。ただし推奨はできない」
前にも同じことを言われたな。あのときは局地的な環境の変化は惑星の…ええいめんどくさい。
で、今回は何故だ?
「今回のケースは、涼宮ハルヒの能力の発動による事象。ゆえに情報統合思念体は、彼女の意思に反して情報操作をするべきではなく、彼女自らが事象を解除するのを待つのが最良と判断した」
気楽そうに言うが、果たしてそう簡単に行くかな。だがそれはいいとして、
「しばらくは、どうするつもりだ?」
外面は俺でも、中身は長門なのだ。俺の家族やクラスの連中が真っ先に疑問に思うぞ?何より、ハルヒが黙っちゃいない。もしあのバカに知られれば、もっとややこしいことになる。
長門は少し考えるように僅かに目を伏せ、それから俺の顔をじっと見た。
「………………」
しばしの静寂。長門よ、自分の顔が滅多に見せない表情の変化がそんなに珍しいのか?
「………………」
ようやく俺は、微細な表情の変化を視認できた。
「助けてほしいならそう言ってくれよ」
やれやれ、と頭を掻こうとして髪質の違いに気づき、遠慮して引っ込めた手の始末に苦慮した俺は、そろそろと湯飲みに手を伸ばしながら溜息をついた。


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