プロローグ 上


季節がようやく、長く厳しすぎた昨今の冬という呪縛から開放され、穏やかなる雰囲気を見せ始めたのは、桜の枝に若葉がちらほらと顔を出した辺りである。
いくらなんでもこんなに長くなる必要はなかったろうに。俺は季節でいったら冬とは真逆の夏のほうが好きなんだ。ただ寒いだけの冬と違って、夏にはいろんな風物詩があるしな。
「僭越ながら、冬にも冬の醍醐味があってなかなか良いものだと思いますが?」
確かにスキーや正月とかがあってなかなか風流だろうが、お前はテンションの上がる夏と、外出する気の引ける冬とを選べと言ったら、どっちを選ぶ?
「答えかねます。僕は、四季それぞれにそれぞれの良さがあると感じていますからね。例えば、今我々の頭上に舞っている桜は、今しか見られません。同様に、夏には夏だけの、秋には秋だけの、冬には冬だけの楽しみが待っているのですよ。過去の先人たちが代々受け継いできた楽しみをどれか一つ選べというのは無理難題だと思いませんか?」
……古泉に話を振ったのは完全な失敗だったな。
これ以上続けると、このスマイルゼロ円サイキッカーは頼みもしないのに延々と語りだすに違いない。それこそ、過去から受け継いだ楽しみを台無しにする愚行である。
曖昧な返事をして、俺は頭上を見た。

もうお分かりの方もいるかと存じ上げるが、今俺たちは絶賛花見の真っ最中である。

今日は日曜日なので本来不思議探検はないはずなのだが、市内花見大会のチラシを偶然発見したハルヒの思いつきにより、SOS団全員がこうして召集されたのである。
実のところ、俺は今回の提案には乗り気であった。ハルヒに一日中市内を引っ張り回されるよりは、こうして心穏やかに桜を眺めて朝比奈さん特製のお茶に舌鼓を打つほうが何倍も風流じゃないか。何より穏やかな春らしい。
それに、だ。
「キョン!古泉くん!座りっぱなしじゃせっかくの花見がつまらないじゃない!花見といえばカラオケよっ!みんな、じゃんじゃん歌いなさいっ!」
なんて言いながらマイクを振りかざして歌うハルヒ。
「わぁー。とっても素敵ですぅ〜」
舞い散る桜にその天使の微笑みだけですっかり絵になってしまう朝比奈さん。
「………………」
めずらしく弁当には手を付けずに桜を見上げる長門。
こんな平和な光景を見てたら、久々に平穏な日常が戻ってきたと実感できる。
ここ最近、非日常がすっかり日常と化してしまっていたから、この時間がかなり貴重に思えてくる。タイムイズマネーとはよく言ったものだ。
「もっともです。最近は閉鎖空間も全く発生していませんし、涼宮さんの精神も、見る限りではかなり安定しています。僕も『機関』も、ずっとこんな日々が続くのであれば、実に喜ばしい限りです」
そりゃ誰だってあんな化け物と戦う日々より、こういう日常が流れてるほうがいいだろうな。

そう、今は、平和だった。


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