第五章 上


保健室のベッドで、涼宮ハルヒは眠っていた。
別段苦しがっている様子はない。しかし、なにかおかしい。
表情がない。俺の知ってるハルヒは、たとえ寝顔でも多彩な表情を見せていた。
どうすりゃいい。
「『機関』に連絡を取りましたが、予想外の事態に上も混乱していまして……」
力なく古泉が言った。普段の微笑をかなぐり捨て、深刻な面持ちで俯いている。
「申し訳ありません。涼宮さんが近くあなたと接触するであろうことは予想していたのですが、まさかこのような結果になるとは……」
古泉が気に病む必要はないだろう。そもそもハルヒは常に予測不可能な人間なんだしな。
「そうでしたね……」
ようやく古泉は笑みをみせた。やや自嘲めいたものだったが。
「………………」
長門はいつも通りの平静でいる。かつて長門が深刻な顔をする時を想像しようとした挙句、どうにも恐ろしいシチュエーションしか思い浮かばなかったので断念したことがあるが、今は果たしてその時なのだろうか?平静に見えているだけで、実は長門は堪えているだけじゃないのか?現に古泉ですらあの状態だし、俺の隣に座っていらっしゃる朝比奈さんは合流時からずっと泣きべそ顔だ。俺もだ。完全無欠なはずの俺たちの団長閣下がこんな状況で取り乱さない団員などいるはずがない。ましてこうなった原因は誰であろう、俺自身なのだから。
「涼宮ハルヒは授業開始直前に教室に戻ってきた。しかし彼女はわたしと視線を合わせた直後に突然意識を喪失した」
長門から聞かされた情報だけでほぼ確信が持てた。だが俺が解せないのは、何故ハルヒが倒れたのかということだ。仮説でもいい、誰か教えてくれ。
御通夜のような重苦しい空気は突如として破られた。
古泉の携帯に着信が入り、同時に朝比奈さんは戸惑い顔で左耳を手で押さえて遠くを臨み、長門は真っ直ぐに天を仰いだ。以前見たことがある光景。そして、
「閉鎖空間です」
古泉はそう言ったが、席を立とうとはしなかった。
「どうした?」
「発生したことは確実なのですが……その場所が特定できないと……」
演技ではない、明らかに困惑した顔だ。他の二人も首肯する。
「どういう――」
俺が尋ねようとした、その時。

「――ッウ……!」

ハルヒの様子がおかしくなった。
「ハルヒ?!」
第一に俺が叫び、
「涼宮さん?!」
コンマ一秒後に古泉と朝比奈さんが叫んだ。
「………………!」
長門ですら緊迫感を漂わせている。まさに最悪のケースだ。
「……ッ…………ン……」
俺の、俺たちの目の前で、ハルヒが苦しそうにもがく。
……見ていることしかできないのか、俺は!
「そうでもありません」
その冷静な声は、古泉から発せられていた。
「分かりました、閉鎖空間の場所が。涼宮さんの“内部”です」
……内部?
「物理的に体内にあるというわけではありません。恐らく、涼宮さんの精神的内部、言うなれば心の中、と言ったほうがいいでしょう」
心の中?
「説明している時間はありません。一刻も早く閉鎖空間内に突入しなくては」
古泉は目を閉じる。が、
「ま、待って!」
叫んだのは、意外な人物だった。
「朝比奈さん…?」
正直に白状すると、俺は今まで忘れていた。朝比奈さんは未来人である前に、俺たちの先輩だったことを。その先輩は、真剣な眼差しで古泉を見つめている。
「あの、古泉くん、キョン君と長門さんも一緒のほうがいいと思うんです」
……え?
「朝比奈さん、それは未来からの指令ですか?」
古泉が問うと、朝比奈さんはすぐに否定した。
「ううん、これはその、……あ、あたしは、そうするべきだと思うんです……むしろ、そうじゃないと駄目なような……そんな気が…するんです……」
最後のほうは自信を無くされたのか、いつも通りの朝比奈さんだった。それにしても、朝比奈さんがそう仰るのはどういうわけだろう?
「……なるほど、仰る通りかもしれません」
しばしの熟考のあと、古泉は言った。まださっぱり分からん。第一、長門だけならまだしも、何故俺まで必要なのか。俺にできることがあるとは思えない。
「それについては後ほど。朝比奈さん、ここはお任せします」
「はい」
そして古泉は両手を俺と長門に差し出した。拒否権もクソもあるか。俺たちはその手を取り、目を閉じる。
「行きます」
一瞬の間、そして全ての音が消えた。


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