第四章 中中


何だ、これは?
見間違いではない。俺の目の前にいる人物は、明らかに涼宮ハルヒである。
本来なら“何でここに”と思うところだが、俺が前述のことを思ったのは別の違和感に気づいたからだ。
ハルヒの様子がおかしい。
いつもコイツが発している、唯一無二の威風堂々な雰囲気はどこへやら、憂いを含んだ瞳、不安げなへの字に曲がった口は、俺たちの知っている涼宮ハルヒではなく、どこにでもいるような、悩める普通の女子高生だった。
「いてくれたぁ・・・」
独り言のようなその呟きは、明らかな安堵の色を帯びている。
おかしい。絶対に変だ。
しかしそこで思考停止していてはならない。何故なら今の俺は「俺」でなくて、「長門」なのだから。
「なに?」
“いつも通り”に俺は尋ねる。
しかしハルヒは何かを言おうとして、逡巡してそれでもまた口を開いてまた閉じる、という行動を幾度も繰り返した挙句、ようやく「相談」と小さく答えた。
「………………」
互いに沈黙。ハルヒはその相談とやらをなかなか切り出せないせいで、俺は演技二割、驚愕八割で言葉をなくしたせいで。当たり前だが調子が狂う。俺たちの知っている団長様は、一体どこをほっつき歩いてんだ全く。
予鈴がなるんじゃないかというくらいの時間が流れたように思われたところで、ようやくハルヒが話し出した。
「相談っていうのは…その……キョンのことなんだけど」
……よりによって話題は俺ですかそうですか。
下手したらボロが出て強制終了の運びとなりかねない。その際生じるリスクは、末恐ろしくて想像できないね。
ともかく、何を言われるのやら。俺は面に出さずに身構えた。
「……ねぇ有希、キョンの様子が昨日からずっとおかしいのよ」
……さっそくバレてたか?
冷や汗を堪えつつ、「どう」と短く答えた。
「どうって…いつもなら遅刻ギリギリで来るくせに、昨日も今日もHRの三十分前には教室にいるし、普通なら解けそうもない問題すらっと解いちゃうし、抜き打ちテストだってアタシより早く終わらせてしかも満点取ってるし――」
…長門、ホント演技だけは苦手なんだなぁお前……。
映画撮影での大根役者ぶりを脳裏に思い浮かべつつ、盛大に溜息をつきたい衝動をなんとか堪えた。
「……それに、アタシに対してもそっけないし」
ハルヒの呟いた言葉は、俺を一瞬で正気に戻した。
「せっかくアタシが話しかけてんのに、何なのよあの態度は。『そう』とか『特に』とか、まるで有希みたいじゃないの。そりゃ…この前は有希を見習えって言ったけど…だからってあんな……」
次の瞬間、俺は信じがたいものを見た。

「あんなキョン…キョンじゃない……」

そう呟くハルヒの目から、涙がこぼれていた。

「………………」
大丈夫。心配しなくていい。
そう言ってやるのは簡単だ。だがしかし、今の俺は“俺”ではない。
“長門”なら、なんて声をかけるだろうか。
アイツはありふれた慰めの言葉なんかかける奴じゃない。そんなことは誰にでも言える。
長門にしか言えないこと――、

「……それで?」

淡々とした声が静寂を破った。
勢いよく顔を上げたハルヒは、明らかに怒っている。
「それでって……なんでそんなこと――?!」
「あなたはわたしに“相談”をしにここに来たはず。しかし先程からあなたは相談ではなく、愚痴をこぼしているだけにしか見えない。それではあなたがどうしたいのかが分からない。だから――」
「どうしたらいいのか分からないから有希のところに来たんじゃないっ!!」
潤んだ目を怒らせて、ハルヒは叫ぶように言った。ここで引いては駄目だ。
俺は真っ直ぐに、ハルヒの目を受け止める。
「わたしにはどうすることもできない」
「なんでよっ?!」
少しは自分で考えろよ。
「これはあなたと彼の問題のはず」
ハルヒの怒りが鈍った。理解したみたいだな。
「本来、部外者のわたしが入るべきではない」
そう言って、俺は席を立つ。ハルヒは焦ったように、
「ま、待ってよ有希っ――」
「涼宮ハルヒ」
俺の言葉にハルヒは肩をビクッとさせる。
「あなたは、あなたが思う行動をとればいい」
そして俺は、戸惑いの表情を浮かべるハルヒを残して部室を出た。


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