第三章 中


すっかり日の沈んだ駅前の通りを、俺と長門は歩いている。俺たちの手には、一杯に詰められたレジ袋が二つずつ。
異時間同位体との同期を遮断した長門は、その代わりに自己の意思を手に入れた。これは俺にとっても、かなり喜ばしいことである。だってそうだろ?今まで無感情だったヤツが、ある日を境に俺たちと一緒に笑ったり怒ったり泣いたり、早い話が感情を共有できるようになったら、どんなに嬉しいことか。
そこで俺は考えた。長門が少しずつ人間に近づこうとしているのなら、それを後押ししてやらない理由はないはずだ。それによって長門の力が弱まっていくというのなら、無力ながら俺が支えてやればいい。俺だけじゃない。ハルヒも、たぶん朝比奈さんも古泉も、SOS団総出で長門を支えてくれるはずだ。かつて俺が入院したときのように。
さて、長門を買い物に誘った俺がいったい何を企てているのかというとだ、
「たまにはレトルト以外のもんを食ったほうがいいぞ。栄養バランスもいいし、わりと楽しいし」
あまり公言していないが、俺は調理が嫌いではない。親の代わりに妹の分の飯を作ったりもするからな。もちろんハルヒに比べればかなり見劣りはするが。
長門の調理の腕が確かなのは過去の経験が物語っている。ただコイツは、それを日常的にしないだけなのだ。なんともったいない。自分で試行錯誤して調理するのは意外と楽しかったりするもんなんだぜ?
帰宅した俺たちは、さっそく準備に取りかかる。今日のメニューはシンプルながら焼きソバにしよう。
まずは洗った野菜、続いてウインナーを細かく切る。長門、白菜はそんなに小さく切らなくていいぞ。炒めれば自然に縮むからな。
次に、ゴマ油を引いたフライパンに、みじん切りにしたニンニクと切った野菜を入れて軽く炒めて蒸す。
「野菜は基本何でもありだな。キャベツとかの水分の多いやつでも、よく炒めちまえばオーケーだ。ただ薄く切るのは忘れんなよ」
白菜に透明感が出てきたらウインナーを入れて軽く炒め、火が通ったら一旦皿に移す。ここがポイントだ。
続いて麺だ。パッケージには水をいれてほぐすと書かれているが、実はそれだと麺がふやけてしまう。だから水を入れるより、油で色がつくまで蒸してほぐしてしまったほうが賢明なのだ。麺も香ばしくなるしな。
麺がほぐれたら、ソースの素を入れてかき混ぜる。麺と野菜を分けて炒めた理由の一つがこれである。こうしておけば、麺に満遍なく味が付くのだ。その上で、さっき皿に移した野菜を再び入れる。これが二つ目の理由だ。まだ解れていない麺を野菜の汁で解しつつ、余ったソースで味を付けるのだ。うん、うまそうな匂いがしてきた。
「………………」
気のせいか、長門の瞳がいつになく輝いて見える。実際は俺の瞳なんだが、いや、何も言うまい。
「火は強すぎなくていいぞ。中火くらいで十分だ」
皿に盛り付けながらそう付け加える。レシピは書く必要はないだろう。全部ドイツ式に口頭である。
「あとは特にないな…よし、できた」
野菜も肉も炭水化物もバランスよく取れる一品の完成である。冷めてもうまいが、出来たてが一番に決まっている。
「よし、食うか」
「いただきます」
まずは一口。ニンニクの風味がソースとうまい具合にマッチしている。うん、うまい。
「どうだ?」
ちまちまと麺を口に運ぶ長門に尋ねる。これでまずいと言われたら泣いてやる。
「…おいしい」
泣かずに済んだ。
「そりゃよかった」
二口目を口に運ぶ。一口目よりうまく感じたのは気のせい、だと思う。
「だいぶ前にお袋から教わったんだが、最初はこうもうまくはいかなかったな」
「………………」
「野菜の切り方とか麺の焦げ具合でずいぶん味が変わっちまうからな。何回も失敗して、やっとこさ、ってとこだ」
「………………」
「繰り返しやってみたり、自分なりにアレンジしたりして、少しずつうまくなる。その分嬉しくなるし、自信もつく。たまにはお前も試してみたらいいぞ」
「………………」
沈黙が返ってくるばかりだったが、以前のような虚しさはない。これも慣れってやつか。
思い返せば、ここしばらくいろんなことがあった。あり過ぎた、と言ってもいいだろう。
入学式直後のハルヒのトンデモ宣言からすべて始まったようなものだが、この部屋で長門から宇宙規模の話を聞いてから、ホントにすべてが始まったような気がしないでもない。直後に朝比奈さんから未来にぶっ飛んだ話、古泉から超能力的な話を聞かされ、更にそのすぐ後にはそれらの話を嫌でも信じなければならない事態に遭遇したからな。おまけに閉鎖空間の悪夢ときた。どうやって戻ってきたかは、死んでも口にはしたくない。
そんなドタバタしすぎた日々も今では思い出と化し、今は今でアップアップしている。この先どんなことが起こるんだろうな。少し前の長門に聞けば恐らく教えてくれそうだったが、今のコイツは未来を『知らない』のだ。つまりは、俺たちと同じ道を歩いている。先を行けるのは朝比奈さんだけだ。
本来、未来のことはほとんどが『禁則事項』なんだ。それでいいじゃないか。見えない未来をもがいて見出していけるのが人生の素晴らしさなのだから。
………………なんてな。


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