それぞれの、苦悩


「はぁ〜…」
人気が絶えて静まりかえった駅前ロータリーで、海斗は盛大な溜め息をついた。
結局、今年幾度目かもはや数えることすらかなわない残業を経て終電を逃した。こうなっては向かう先は一つ、駅前のネットカフェだ。そしてこんな状況でも、明日はまた仕事である。
夕食とお茶、ついでに大好物のハーゲンダッツを詰めたレジ袋を手に、海斗はフラフラと歩き出す。空には大小様々な星。ずっと見てれば、星が流れるのが見れるかもしれない。
――休みをください休みをください休みをください……。
星が流れたわけでもないのに、海斗は何度も唱えた。ふと思い出して、一言付け加える。
――久しぶりに、芽衣子と呑みに行けますように。


「ただいま…」
営業と残業を済ませ、蓮が帰宅したのは深夜だった。
早くベッドに入りたいところだが、明日にはプレゼンがあり、その企画資料の確認をしなければならない。まさに前門の虎、後門の狼。
暗くなったリビングの電気を付けると、机の上に置かれたオムライスとサラダ、そしてミカンが目に入った。
「あ、お帰り」
凛がいた。
「ポンジュース飲むけど、蓮も飲む?」
「バナナセーキ買ってきたからいいや」
ぶーっ、と膨れる凛を横目に、蓮はネクタイを外して机に座る。そういえば、凛が作ってくれた夕食を食べるのは久しぶりだ。
「今日どうだった?」
凛が聞く。営業の結果のことだろう。
「…まぁ、何とか契約取れましたよ」
「すごーいっ!!さすが蓮だねっ!!」
凛は自分の事のように喜んでくれた。
「だけどさぁ、新人一人に丸投げってどうなんだろ?教育にしちゃやり過ぎな気が…」
「うーん、でもさ、それってやっぱり蓮にしかできないことだと思うんだよね」
凛は自分を元気づけようと、励まそうとしてくれているのは分かった。分かっているからこそ、蓮は思わず溢してしまった。
「でももう、集客パンダは嫌だよ」
いつか実力で顧客を得たい。それでも自分の性格が障害になる。
「いっそ凛みたいになれたらいいんだけど」
苦笑混じりに呟いたが、凛からの返事はなかった。
長年一緒に居た仲だ、凛が怒っているのは一目で分かった。
「蓮…蓮は、凛の何を知ってるの?」
凛の何を――?簡単じゃないか、凛は――。
答えようとした声が出てこなかった。思えば最近凛とろくに話もできていない。凛の話を聞いてやれてない――。
「勝手なこと言わないでっ!!」
凛はそのまま席を立ち、自分の部屋に戻っていった。深夜にも関わらず、ドアを思いきり閉める。蓮は注意すら出来なかった。
ふがいない。
急に全てが馬鹿らしくなってきた。自嘲気味に蓮は笑って、近くに置いてあったクッションに八つ当たりをした。


企画部に、活気はもう無かった。
既に何人かは転属願を出し、一部は退社して別企業に移るという。
瑠加は諦めなかった。あの大手企業の鼻をへし折ってやらなきゃ気が済まない。自分でも分かっているが、ある意味執念に近い。それに、まだ神威樂がいる。瑠加の入社当初から頼りになる上司だった彼が頑張っていて、自分が辞めるわけにはいかない。
今日は企画会議だ。次こそは他社に負けない製品を開発させると瑠加は燃えていた。これまでも会議では積極的に発言をし、そのほとんどが採用されてきた。ましてや待ちに待った雪辱の機会だ。絶対に見返してやる。
ところが、会議が始まった直後、樂が口を開いた。
「巡音、席を外してくれ」
思いがけない樂の一言に、瑠加は耳を疑った。
「……部長?」
「聞こえなかったのか?席を外せ」
二度目。三度目は怒鳴り声が来る。
「……失礼します」
訳も分からないまま、瑠加は会議を退席した。
どうして?
嫌だ。
悔しい。
……悔しい。
いろんな感情が入り交じって、涙がこみあげてくる。
出席メンバーのざわめきと動揺の中で、樂だけが顔色一つ変えなかった。



押し付けられた責任を引きずって、いつしかみんな汚れて傷ついてボロボロになる。
助けを求めることは知らないうちにタブー化されて、気分は囚われたシンデレラ。彼女には王子も、ガラスの靴もない。

乾いた風に乗せて、キーボードはリズムを刻む。


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