Sono contento per te, ti ho detto, an che se il pensiero di non vederti

(もうこれで君に会うこともないと思うが、例え君に会えなくても、前に言った通り僕は君に会えて満足している)



「おれの事は心配すんな!!策がある!!麦わら達と合流したら、何とか町へ引き返せ!!」

遠ざかっていく第2車両から、フランキーの叫び声が届いた。これでサンジ達は逃げ切れるーーそう確信しているようだった。

「何て事を……待って!!私達は逃げたりしないわ!!」

ロビンの叫びに反応したのは、サンジだった。なぜ全ての事情を知っている自分達を拒絶するのか。"バスターコール"という攻撃さえどうにかすればいい筈だ。そう訴えるサンジに答えたのは、ロビンでもミリアでも、ましてやウソップでもなくーー突如サンジの背後から現れた、ブルーノだった。驚きで固まるサンジは、避ける暇もなく嵐脚を直撃され、端まで吹き飛ばされてしまった。

空気開扉-エアドア-ね……!」
「その通り」

ブルーノの能力を知っていたミリアは、驚くことなく言い当てた。空気開扉-エアドア-ーー大気の壁にドアを作る、ドアドアの実の真骨頂である。暗殺者にうってつけの能力とも言える。これがあるから、先程も彼らはそこまで狼狽えていなかったのだ。
慌てて構えたウソップだが、しかし一瞬で目の前から消えたブルーノに戸惑い、視線を彷徨わせる。

「後ろ!!」

逸早く気が付いたミリアが咄嗟に叫ぶも、ウソップが再び構えるには時間が足りなかった。振り向いた瞬間に指銃を浴び、どさりと力なく倒れ込む。背後からロビンに腕を回し拘束したブルーノは、ちらりとミリアを見遣る。彼女は顔面蒼白で、若干震えているようだった。
向こうから掛かってくるからやり返しているだけだと言うブルーノに、早く離れることを提案するロビン。倒れ伏すサンジとウソップに背を向け、空気開扉-エアドア-を通ってこの場を去ろうとする彼女を、ウソップが呼び止めた。隠し事は別にいい、ただし、海賊は船長の許可なく一味を抜けることはできない。だからーー

「ルフィを信じろ」

息も絶え絶えに紡がれた言葉に、ロビンとミリアは息を呑んだ。心が揺らぐ。"ルフィを信じろ"この言葉は2人の胸に深く深く刺さった。ロビンはバスターコールの恐怖を、ミリアはCP9のーールッチの強さを、それぞれ知っている。だから彼らを突き放す。けれど真正面からぶつけられたその言葉は、2人の心を揺さぶるには十分過ぎた。
だが、それを煩わしく思ったか、ブルーノが容赦なくウソップを蹴り飛ばした。はっとしたロビンは再び傷を負った2人に背を向け、今度こそ空気開扉-エアドア-を潜り去って行った。続こうとしたミリアを、しかし次は立ち上がったサンジが引き止めた。

「ミリアさん!!"わたしは元々こちら側の人間だ"って言ったけど、それってつまり、君が"海軍大将の娘"だからってことだろう!でも、そんなこと関係ない!君はおれ達の仲間だ!!そうだろう!!」

必死の訴えに、またしても煩わしさを感じたらしいブルーノが、サンジも蹴り飛ばそうと構えた。

「待ってブルーノ!手を出さないで!これは……これは、"命令"よ」

"命令"の言葉に仕方なく下がったブルーノを横目に、ミリアは2人へ向き直った。目を閉じ、深く息を吸い込む。次に目を開けたとき、明らかに纏う雰囲気が異なっていた。どこが、と問われれば、明確には答えられないが、強いて言うならば、目が。強い決意を宿した眼差しを2人に向けたミリアは、静かに口を開いた。

「わたしは、彼をーールッチを、もう二度と、ひとりにはできない」

それは、ルッチとミリアの一言では到底言い表すことのできない深い関係を知っているブルーノにしか、理解できないものだった。そのことを彼女も分かっているのだろう。それだけ告げると踵を返し、ロビン同様空気開扉-エアドア-を潜ろうとする。それでも、たとえ理解はできなくとも、2人に因縁めいたものがあることは察したのだろうサンジが、更に言葉を紡ぐ。

「それは、君の幸せなのか……!」
「っ!黙って……!!」

一歩踏み出された足は、しかしドアではなくサンジの方に向けられた。

「わたしの幸せは、あなたが決めることじゃない!!」

滅多に怒ることのない温厚な彼女の怒りを含んだ声音に、さすがのサンジも言葉を止めた。仮面の下からぽたぽたと血を流すウソップは、呻きながらも掠れた声を発する。

「ミリア……さっきも、言ったけどな……海賊は……船長の、許可なく……船を降りることは……できねえ……!!」
「……そう。なら、事後承諾で構わないわ。ルフィに伝えて。わたしは今日をもって麦わらの一味を脱退する。パパの元に身を寄せることになるから、これからは敵ね。まあ……どうせ二度と、会うことはないでしょうけど」

矢継ぎ早に冷たくそう吐き捨てると、

「さようなら」

ミリアもまた、今度こそ、空気開扉-エアドア-を潜って行った。



空気開扉-エアドア-を通り抜けた先ーー第2車両でミリアを待っていたのは、ルッチの熱い抱擁だった。ミリアは何も言わず、静かに身を預ける。

「遅かったな……まあいい。戻ってきたんだから」

ブルーノは未だ戻ってきておらず、恐らくバスターコールとロビンの因縁を、そしてルッチとミリアの関係を、あの2人に説明しているのだろうと思われた。ロビンが決して逆らわず逃げ出さないことを、ミリアが決してルッチから離れないことを、分からせるために。

「……ロビンは、」
「第1車両に移った」
「そう……」

ルッチにのみ聞こえるほどの声量で紡がれたそれは少しばかり鼻声で、だが彼は指摘するようなことはしなかった。出航直後、泣くのはこれで最後だと言っていた彼女だから。ただ、離さないとばかりに抱き締め、優しく頭を撫で、そうして耳許で囁いた。愛しているーーと。
その様を、カクとカリファはどこか複雑そうに眺めていた。ミリアがまだクザンの元にいた頃、2人はCP9ではなく数いる候補生のうちの1人だった。だからルッチとミリアの関係は、今回の指令を知らされたときにブルーノの口から語られた断片的な情報のみで、身をもって知っているわけではない。2人にとって"あの"ルッチが、ここまで1人の、それもどういった理由があるにせよ海賊だった女を大切にし愛を囁く姿は、どうにも受け入れ難いものがあった。この男も人間だったのだと安堵するよりも先行して、ともすれば拒絶反応さえ起こしてしまいそうなほど。尤も、それをあからさまな態度で示すような幼稚な人間ではなく、そのためミリアはおろかルッチにさえ気付かれてはいなかった。2人だけが互いに複雑な心境を察し合い、もしかしたらブルーノも察しているのかもしれなかった。
やがて、どれほどの時が経ったのか。漸くブルーノが帰ってきた。ほぼ時を同じくして、電伝虫に通信が入った。

「ええ、滞りなく。罪人2名連行、大将青キジのご息女を保護しています」

出たのは当然の如くカリファ。サンジ達による襲撃などなかったかのように、静かに話す。

「……もう前方に見えますので、直に到着します」

その言葉に、ミリアは漸く気付いたというような顔で窓の外を見た。先程までの嵐は鳴りを潜め、そこに広がるはどこまでも穏やかなーー多少波は高いが航海では日常的なものであるーー海。切り離された車両で話している間にも当然この第2車両より前方は進み続けていたわけで、ミリアが早く感じてしまうのも無理からぬことであった。

「懐かしいな。さすがに5年出ていると。ミリアは8年ぶりだな」
「うん」

海列車は、汽笛を鳴らし軽やかに海を進む。

「"不夜島 エニエス・ロビー"」