Ti ringrazio di tutto cuore, ma non posso accompagnarti

(そう言ってくれるのは本当に嬉しいけど、君と一緒には行けない)



入ってきたのはコーギーだった。カツカツと靴音を鳴らしながら近付いてくる気配に、ロビンの向かいに座るミリアは気付かれないよう顔を歪めた。ロビンの隣まで来たコーギーは、何でもないと言いながらぶんぶんという音が聞こえてきそうほど腕を振るロビンーー実際にはマントで隠れたそげキングーーを不審に思ったようだった。じっと凝視し、違和感の正体を探ろうとしている。

「何でもないから、2人にしてちょうだい」

途端、ふふ、と堪えきれないとばかりにミリアが笑みを漏らした。そげキングが頭上の腕でおかしなポーズを取ったからだった。慌てて咳払いをして取り繕うが、コーギーは完全に疑いの眼差しである。無遠慮なその目に、ロビンが呆れたように行儀が悪いと、世界政府の役人は品がないと貶したが、全く気にした様子もなく上から下までじっくり観察し始めた。ミリアはこれ以上噴き出したりしないよう、口元を押さえて代わり映えのない窓の外に目をやる。このままじっと耐えれば、コーギーも根負けするかもしれない。ミリアはそう思っていた。
が、しかしそう単純には事は進まない。じっとしていることに耐えきれなくなったのか、なんとウソップが足を動かしてしまったのだ。動きこそ小さなものではあったが、羽織っていたマントが音を立て裾を広げ、そこから明らかにロビンのものではない足が覗いてしまっていた。目敏く気付いたコーギーは勝ち誇ったように笑い声を上げた。そして、マントを脱ぐようロビンに迫る。向かいに座るミリアは、どうにかコーギーの気を逸らせないか思考を巡らすが、なかなかいい案が浮かばない。
これまでか、と思った瞬間、勢いよくマントを翻し、ウソップが飛び出した。これにはロビンもミリアも、そしてコーギーも目を見開く。その流れのまま懐から何かを取り出したウソップは、コーギーに向かってパチンコを構えた。

「私の名はそげキング!!狙撃の島から来た男をさ……!」
「貴様、こんなことをしてただで済むと思ってるのか……!?」
「そう!こんなことまでする男の覚悟を甘く見るなよ……!!」

その一言に恐れを成したのか、情けなくもルッチの名を叫びながら第2車両へ駆け込もうとする。だが、それをウソップが許す筈もなく。容赦なく放たれた弾によって、コーギーは呆気なく意識を飛ばした。
訪れる静寂に、ミリアはほっと息を吐き出す。そして、眉を下げて謝った。

「ごめんなさい、笑っちゃって………」
「いいのよ」
「気にすることはない!」

元はと言えばおかしな格好をしたウソップのせいなのだが、空気の読めるミリアはそこまでは言わない。代わりに、ロビンにぎゅうと抱きついた。ミリアはコーギーのことが嫌いだった。どこがと聞かれれば生理的にと答える他ないのだが、コーギーの方でもミリアに好意など持っていなかったに違いないので、お互い様というやつである。兎も角、嫌いな人間が大好きな人を無遠慮に見回し近付いてきたのだ。単純に不快だった。
どこか甘えるようにして背に腕を回したミリアの頭をゆるりと撫でると、ロビンは徐ろに立ち上がり、コーギーの向かおうとした先、第2車両に繋がる扉へ近付いていった。彼女の意図に気付いたミリアも、後に続く。

「おいおい待てロビン、ミリア!そっちへ行ったら!!」

慌てて制止の声を掛け2人の腕を掴んだウソップだったが、意に介さずロビンは扉を開け放った。一瞬の沈黙。しかし次の瞬間、サンジの歓喜の声が響いた。一気に捲し立てるサンジと頭を抱えるウソップ、そして、ロビンの顔をじっと見てしみじみと呟くフランキー。三者三様の反応を尻目に、ロビンは能力を用いてウソップをサンジの足元まで飛ばした。咄嗟に飛び上がり避けたサンジの疑問の声に、ロビンは淡々と答える。

「口で言っても、分からないでしょ……?」

あからさまな拒絶に言葉を詰まらせたサンジは、ならばとばかりに彼女の後ろに隠れるようにして佇んでいたミリアへ声を掛けた。一緒に帰ろう、と。それに対し溜め息を吐くと、憂いを孕んだ声音で拒絶を返した。

「ルフィ達には言ったけど、わたしは元々"こちら側"の人間なのよ。大人しく諦めて帰って」

唖然とするサンジとフランキー。再び場を満たした静寂は、ルッチの高らかな笑い声に切り裂かれた。どうしようもないのか。サンジが諦めかけたそのとき、ウソップがフランキーに第3車両の切り離しを命じた。逃げると宣言したウソップに顔色を変えたのはサンジ達だけではない。ミリアもまたいったいなにをする気なのかと身構えた。
車内に緊張が走る。ウソップが取り出した何かを床に叩き付けると、勢いよく広がる煙。狭い車内にそれは一気に充満した。なんということはない、煙幕による逃走作戦だった。吸い込んでしまい激しく咳き込むミリアは、不意に抱えられ小さく悲鳴を上げた。

「ニコ・ロビンとミリアは頂いたァ!!」
「よっしゃー!!」
「逃げろ〜!!」

その言葉と共に第3車両へ飛び込んだウソップは、ゆっくりとロビンとミリアを床に下ろした。直前に自身の名を叫ぶルッチの声が聞こえた気がしたミリアは、未だ軽く咳き込みながらも第2車両へ目を向ける。切り離された第3車両は停止し、進み続ける第2車両との距離がどんどん開いていく。それを眺めサンジとフランキーが呆れたように呟く後ろで、ウソップは座り込むロビンとミリアの肩に手を置いた。戦わずに目的が果たせるならそれが一番だと言うが、そう簡単にいくとは思えないサンジとフランキーは警戒を緩めない。
と、次の瞬間、前方から勢いよく飛んできた何かが第3車両の外板に引っ掛かった。よく見れば、何かがトゲのついたムチだと分かる。犯人はカリファだった。彼女からムチを受け取ったブルーノは、伝って来る気かとのフランキーの予想を裏切って、自らの方へ、つまり第2車両の方へとムチを引き寄せたのだ。当然、車両も引き寄せられる。急激な動きに倒れ込みそうになり背凭れにしがみついたミリアは、咄嗟にロビンを見遣った。彼女もまた、手近な壁に手をついて体を支えていた。
驚くべき怪力により引き戻された第3車両は、ブルーノに掴まれ固定される。その力に愕然とするサンジ達。さすがに煙幕は無理があったと悟り、サンジは攻撃態勢をとる。

「そげキング!!ロビンちゃんとミリアさんを死守しろよ!!」

叫んで、まずは車両を掴む手を剥がすためブルーノに仕掛ける。首の辺りへと蹴りを食らわせるが、びくともしない。フランキー曰くの妙な体技ーー鉄塊を施したからだった。普通の蹴りが効かないと見るや、床に手を付き高速で体を回転させる。勢いのまま蹴りつければ、今度はぐらりとブルーノの巨体が揺らいだ。
次の蹴りを繰り出そうとサンジが構えた、そのとき。ウソップの焦ったような声に振り向くと、ロビンがウソップの体に8本の腕を咲かせていた。そして、容赦なく関節技をキメる。悲鳴を上げ泡を吹くウソップ。

「何度言わせるの!?私達のことは放っといて!!」

気を取られたサンジは、飛び上がったカクへの反応が遅れた。蹴り飛ばされ、後方の座席へ頭から突っ込む。ミリアは悲鳴混じりにサンジの名を叫んだ。

「もうやめて!!わたしもロビンも、逃げたりなんてしないから!!ねえルッチ!!お願い!!」

目に涙を溜めて訴えるミリアに言葉を返そうと口を開きかけたルッチよりも先に、壁に手を付いたフランキーが口を開いた。

「まったくお前ら、どいつもコイツも、何でそう仲間同士で意地を張るのか!!せっかく逃げられる……チャンスだろうがァ!!」

バキバキと音を立てて壁が車両から剥がれる。そのままフランキーは第2車両側へ、壁を掴んでいたブルーノも巻き込んで、倒れ込んでいった。