Perché neghi ogni cosa?

(何故すべてを拒絶するの?)



扉が開く音で俯かせていた顔を僅かに上げたロビンは、入ってきた人物を見て驚いたように目を見開いた。ロビンを真っ直ぐに見つめるミリアは、迷いのない足取りで歩み寄った。

「話がしたいの」

ミリアは待遇に違いこそあれど、ロビンと同じくエニエス・ロビー、延いては海軍本部まで連れて行かれる身である。拒絶する必要はないと判断したロビンは、前の席を勧める。ありがとうと言いながら座ったミリアとロビンは、向かい合う形となった。
暫し窓の外を見つめていたミリアが、再びロビンを見据え意を決したように告げた。

「今、サンジがここに来てる」
「なんですって!?」
「きっと、ロビンとわたしを助けるため……」

あの子達は……と嘆くロビンの手を、ミリアは包み込むようにして握った。手の温もりが、彼女の心を落ち着かせていく。

「勿論、わたしは逃げない。彼らの元へは帰らない。でも……もし、ロビンがまだ航海を続けたいのなら、」

彼女がそれを望むのなら、どうにかして叶えてあげたいとミリアは思っていた。彼らが無理に取り返そうとするのはあまりに無謀だが、そこに彼女自身の意思が加わったのなら、もしかしたら。しかし、ロビンの決意も覚悟も、ミリアが思っている以上に固かったのだ。

「いいえ!私も、逃げる気はないわ」

言い切ったロビンもまた、手にやんわりと力を込め、ミリアの手を握り返した。

「あのね、サンジのことを責めないでほしいの。……ウソップも捕まってたって、知ってた?」
「長鼻くんが……?」

呆然と呟くロビンは、先に乗船していたために知らなかったのだろう。ミリアは静かに頷いた。

「だから、サンジのしたことは無駄ではないし、一味の皆が無事に、っていう約束も守られる」
「でも、なぜ……?長鼻くんは、」
「ウソップは……ウソップは、一味を抜けたの」
「え……」

ミリアは、ロビンがいなくなっていた間に一味の身に起きた出来事を掻い摘んで説明した。メリー号のこと、フランキー一家のこと、ルフィとウソップの間に生じた亀裂と決闘のこと、そしてーーウソップの、一味脱退のこと。
全てを聞き終えたロビンは、暫く言葉を失くしていたようだった。その反応は当然と言える。まさか自分が姿を消していた僅か1日の間にそんなことが起きていたなど、誰も想像できないだろう。それは聡いロビンであっても同じこと。ミリアはそっと、握るロビンの手を撫でた。綺麗な手だ、柔らかく、温かい。いつからかミリアはロビンに、今は亡き母の姿を重ねるようになっていた。だからこそ、一味の誰よりもロビンに懐き、姉妹の如く仲が良かったのだ。そんな彼女を励ますように、2人の指が絡んだ。

「CP9は、完全にウソップのことを"一味とは関係のない海賊"として連行するつもりだけど……逃げたら逃げたで、別に追いかけたりとかはしないと思う」

わたし達3人が留まるのなら、とは言わなかったが、ロビンには伝わったようだった。小さく頷くと微笑み、ミリアを抱き締めた。突然のことに固まる彼女は、おずおずとロビンの背に腕を回し、抱き締め返す。

「大丈夫よ……ありがとう」
「そんな、ありがとうなんて、わたし……」
「ありがとうミリア。あなたがいてくれて、良かった……」

それは紛れもなくロビンの本心であったが、同時に、ミリアを更に苦しめるかもしれないものであることも、ロビンは理解していた。理解していても、伝えずにはいられなかった。これが最後の機会であることもまた、理解していたから。
2人の温かく優しい、互いを労わるような抱擁がいつまでも続くかと思われた、そのとき。コンコンと、窓をノックするかのような音が、小さいながらも2人の耳へ届いた。慌ててそちらの方を見た2人は、同時に驚きの声を上げた。

「長鼻くんっ!?」
「ウソップ!?」



取り敢えずずっと外に張り付かせているわけにもいかないと、なぜか奇妙な仮面を付けているウソップを車内に引き入れた2人だったが、戸惑いを隠せない。ウソップとフランキーが自由の身であることも、サンジが助けに来ていることも知っていたが、この第1車両まで来れるはずがないと思っていたからだ。なぜなら、第2車両にはCP9の面々がいるのだから。ルッチがミリアの望みを聞き入れたのも、ミリアと同じく侵入者が第1車両まで到達することはできないと思っていたからだろう。
分かるのは、ウソップが手足に装着されたタコのようなものを利用し、彼らの目を欺いたのだろうということだけ。

「初めまして。私は狙撃の王様"そげキング"だ!!色々話すと長くなるが、君達を助けに来た!!」

どうやら若干ではあるが、声音も変えているようだ。恐らく、啖呵を切って一味を抜けた手前、直接顔を合わせるのは気まずいのだろうとミリアは推測する。

「この列車内で今、サンジ君とフランキーというチンピラが暴れている。私はその隙をついてここへ来た」
「3人のことは聞いたわ。でもよく、隙をつけたわね」
「そうか、聞いていたのか……まあそれは後で話すとして。更に、ルフィ君達ももう一隻の海列車でこの線路を追いかけて来ている」

引き連れているという大人数はフランキー一家だと仮定して。命に関わるものではないはずとはいえ、ルフィはそれなりに重症を負っていたはずだ。いやそもそも、なぜ敵対していたはずのフランキー一家と組んでいるーーと思われるーーのか。疑問は尽きずミリアは考え込むが、それに気付かないのか、ウソップ改めそげキングは、自らも嵌めていたタコのようなものーー"オクトパクツ"を2人に差し出した。海列車の外板に張り付いて移動することで、CP9の目をすり抜けようと言うのだ。
しかし、ミリアもロビンも、帰るつもりはさらさらない。そのことを伝えようとミリアが口を開くよりも先に、ロビンが声を上げた。それは冷静な彼女にしては珍しい、荒らげたものだった。

「私はあなた達にはっきりとお別れを言った筈よ!?私は……私達は、もう二度と、一味には戻らない!!」
「そうよ、ウソップ!!」

2人の言葉に、しかしそげキングは静かに頷いた。理由も全て知っている、と。

「造船所のアイスのおっさんが、ロビンに関しては全て明らかにしたそうだ」

その言葉は、2人にとってなによりも衝撃だった。造船所のアイスのおっさんーーそれは即ちアイスバーグのことで、彼はCP9の手で殺された筈だからである。顔を見合わせたミリアとロビンだったが、しかし、それでも帰らないと言う。頑なな2人に、とうとうウソップは大声を張り上げた。

「まだ分からねェのか!?お前らが心配する程、あいつら、ヤワじゃねェんだ!!そんなくだらねェ駆け引きに乗る前に、本当は一番に話してほしかったんだ!!」
「ウソップ……」

叫びは、一味を抜けてもなおルフィ達に対する絶対的な信頼がウソップの中に存在している証であり、ロビンとミリアを心底大切に思っている証。

「お前はまだ、ルフィって男を分かってねェんだ!!ミリアもだ!!お前、もっとルフィの事を信頼してやれよ!!」

ずきり、と刺されたかのような痛みが走り、思わずミリアは胸元を押さえた。船長として、従弟として、誰よりも信じているのだと思っていた。ところが蓋を開けてみれば、全く信頼などしていなかったのだ。必ず海賊王になると、その強さを認めているつもりでいたにも関わらず、ぶつかる前から勝てるわけがないと諦めている。それは今回のCP9に限らずーー父クザンと遭遇したときも同様であった。心の底でミリアはルフィの、そして仲間の、強さを疑っていたのだ。
言葉を詰まらせたミリアを庇うように、ロビンが一歩前に出る。

「分かってないのはあなた達の方よ!!私達は助けてほしいなんて欠片も思ってない!!勝手なマネしないで!!」

ムッとしたウソップが更に言い募ろうとした、瞬間。扉が、ドンドンと乱暴にノックされた。