Ti amaro a segno che credevo a guelle idiozie

(あんな馬鹿げたことを信じるほど僕は君が好きだった)



迎えに行ったルッチがミリアを姫抱きにして現れ、漸く駅へと向かうCP9。腕の中で、ミリアは後方から聞こえる声に眉を顰めた。あまりにも聞き覚えがありすぎた。そんなはずはないと言い聞かせるには。

「ねえルッチ。ブルーノが抱えてるのって、フランキーと、」
「"元"麦わらの一味の男だ」

やっぱり、と溜め息を吐いた。その声はまさしくウソップのもので、どのような経緯でそうなったのか、運の悪いことにフランキーと共にいたところをCP9が訪れてしまったのだろうとミリアは推測する。そこで知らぬふりをすれば良かっただろうが、フランキーと何らかの会話を交わしたであろう彼には出来なかった。そして、麦わらの一味はやめたが海賊まではやめていないと、"本当のこと"を言ってしまったのだろう。海賊であることに誇りを持っているウソップだから。
嘘つきのくせに。吐き出されなかった言葉は、代わりに涙となって零れ落ちた。今日はなんだか泣いてばかりいると、ミリアはぼんやり思った。"元"麦わらの一味の男。ルッチの放ったこの言葉が、ちくりちくりと心を苛んだ。
駅に到着したCP9を、政府の役人と迫力にどよめく海兵達が迎えた。相変わらずルッチに抱えられていたミリアは、自分に好奇の目が向けられると共に何かしらを囁かれるのが分かった。仕方の無いこととはいえどうにも居心地が悪く、ルッチの胸に顔を埋める。

「長期任務お疲れ様でした!」

ずらりと並んだ役人達の間を、堂々とした様子で通り抜ける。途中、ルッチはコーギーに豪華なコートを掛けられ、それによってミリアの顔は外から見えにくくなった。ほっと息をつくミリア。

「遊びじゃねェんだ、気を引き締めろ!!全員列車に乗れ!!」

その言葉に、いよいよ仲間だった彼らとも会うことはなくなってしまうのだと思うと何度目かの涙を流してしまいそうだったが、ミリアは泣くものかとぎゅっと目を瞑った。自分はこれから死ぬわけではない、彼らが死ぬわけでもない。ただロビンだけはどう足掻いても救うことのできない現実に悔しさが募るけれども、だから自分が泣くのは違うと、ミリアは思っていた。
列車に乗り込むと、当然のようにミリアはルッチの隣へ降ろされた。車内にアナウンスが流れる。全員揃ったこと、アクア・ラグナが接近していること。それらを理由として予定を繰り上げ出航するらしい。
ミリアは頬杖を付いて窓の外を眺めた。夜の闇に包まれ、いつになく荒れた暗い海。初めてではないはずだ、海列車に乗り込むのは。ウォーターセブンに来る前、海列車を見たときの感覚が蘇る。あのとき、誰かと海列車を見たことがあるような気がしたが、今なら分かる。それはきっとルッチなのだろう。幼い頃に、ミリアはルッチと海列車を見、そして乗ったことがある。確証はなかったが、確信はあった。それは、ルッチのことを思い出したことで、そういった直感が失ってしまった記憶ーー失ったことすら忘れていた記憶に繋がっていると学んだからだ。今はまだ思い出せなくとも、いずれ全てを思い出す日が来るだろう。そっと瞼を閉じたミリアは、出航を告げるアナウンスを聞きーーナミの悲痛な叫びが聞こえたような気がして、耐えきれずに顔を覆った。奇しくも同時刻、第一車両にてロビンもまた同じように顔を覆っていた。
不意に腰へと腕を回され、抱き寄せられた。犯人は言わずもがな、ルッチだ。

「泣くな」
「もう、泣かない……泣かないから……これが、最後……だから、」

声を押し殺すようにして、ミリアは泣いた。ルッチの腕の中で。



「ーー各車両の代表者達ですが……」

コーギーが海列車に同乗している戦力の説明をするが、5人は全く興味がないようだった。当然である、彼らにとって他の車両の兵などいてもいなくてもさほど変わりないのだから。
漸く泣き止んだミリアの髪を撫でるルッチに、緊張故か妙に顔を強ばらせてコーギーは訊ねた。

「大将青キジのご息女は、こちらの車両でよろしかったので?」

所詮は海賊だった女なのにとでも言いたげなそれに、ルッチは一瞥さえくれてやることもなく淡々と返す。

「当然。ミリアは今、我々の保護下にある」

不意に顔を上げたミリアとコーギーの目がかち合う。数瞬見合ったが、彼女はふいと顔を背けてしまった。一瞬怒りの沸いたコーギーだったが、やたら過保護にーーいや、過保護というよりもはや溺愛とさえ言えるルッチの怒りを買う可能性を危惧したのか、そそくさと自らの席に着いた。
座り直したミリアの膝上に、ルッチとお揃いのコートを羽織ったハットリが降り立った。小首を傾げるハットリの頭を撫でながら、ぼそりとあの人は嫌いだわと呟く。嫌な感じがする、と。小さな声はルッチにのみ聞こえていた。それきりミリアは口を閉じ、他の面々もまた黙りこくっていた。ハットリを撫でるミリアの髪をルッチが時折指に絡め、言葉なく寄り添う姿は恋人の如く。事情を知らぬ者が見ればお似合いのカップルだと思ったことだろう。
沈黙の流れる車内。それを破ったのは、侵入者の報告を始めたコーギーだった。

「侵入者も罪人達も、必ずまだこの"海列車"に乗っている。落ち着いて探せ」
「はっ!!」

侵入者と聞いても顔色一つ変えないルッチの淡々とした命令を耳にしながら、ミリアの脳裏には一人の男が浮かんでいた。金髪にぐるぐるとした眉毛が特徴的な、頼りになる一味のコック。侵入者は彼に違いない。ルフィとゾロはルッチによって吹き飛ばされ、ナミはミリアが自ら突き落とした。チョッパーは瓦礫の下だろう。となると、もう残るはサンジしかいない。恐らくロビンの行動を予測し、駅に先回りしていたのだ。麦わらの一味の中でも頭脳派な彼の行動はいつも一味を助けたが、今回ばかりはその有能さを発揮しないでほしかったと、ミリアは唇を噛む。どう足掻いてもCP9に敵うわけがなく、万に一つの奇跡で倒すことができたとしても、ロビンとミリアを取り返すなど不可能なのだから。
だからどうか、欲を掻かずウソップの救出だけで満足してほしい。ミリアは願った。海列車は途中乗船も下船も不可能だが、裏を返せば車両を切り離してしまえば進む車両と止まった車両の間には自然と距離が開き、つまりそのまま逃げ果せることは可能なのだ。CP9の現在の任務は"ニコ・ロビンとフランキーの護送及びミリアの保護"でありロビンとの間に契約がある限り、逃げる彼らを執拗に追い掛け殺すことも捕らえることもない。ロビンとミリアのことさえ諦めてしまえば、これ以上傷つくことなくまた航海を続けられる。ミリアは祈った。その祈りが届かないであろうことを、察してはいたけれど。
暫くして、慌てたように駆け込んで来た役人の口から驚きの報告がされた。なんと、後部2車両が切り離されたというのだ。まさか祈りが届いたのかとミリアは淡い期待を抱きかけるが、役人の様子を見るに彼らは逃げたわけではなさそうだった。

「我々の任務は"フランキー"と"ニコ・ロビン"をエニエス・ロビーへ届ける事と、"ミリア"を保護することのみ」

落胆していたミリアは、急に名前を出されびくりと肩を揺らした。それに反応したのか、ルッチの手が肩に回される。
敵は捕まっていた例の2人と見たことのない金髪のスーツ男だと言う役人の顔をちらと見て、ミリアは自分の予想が外れていなかったことを確信した。ロビンを見張っていようかというブルーノの提案を蹴ったルッチは、絶対的な自信の篭った笑みを浮かべた。

「ミリアもニコ・ロビンも、取り返すことなど、あいつらには絶対にできない」

そのとき、ハットリを抱えてミリアが立ち上がった。全員の視線が集まるが、さして気にする素振りもなくルッチへ目を向けた。

「ロビンと、2人きりで話がしたいの」
「ニコ・ロビンと?」
「ええ。向こうに着いたら、ゆっくり話なんてできないでしょう?……最後に、ね」

どこか寂しさを漂わせ目を伏せながら言う彼女に確かにその通りだと考えたルッチは、自らも立ち上がりエスコートするように第1車内に繋がる扉へ近付いた。

「よいのか?ルッチ」

侵入者の報告があった直後のことだからだろう、声を掛けたカクに、しかし返答したのはルッチではなかった。

「逃げたりなんて、しませんよ」

彼女の言葉にカクは押し黙った。信用など到底できるわけはないが、ここまで来て自ら逃げ出そうなどと考える筈もない、と考えたからだ。
扉を開けたルッチは、ミリアの耳元に唇を寄せた。

「何かあれば、すぐにおれを呼べ。駆けつける」
「ありがとう」

微笑み、ミリアは第2車両から第1車両へと移ったのだった。