Dimmi la verità, cosa pensi veramente di me?

(正直に言え、君は僕の事を本当はどう思っているんだ?)



フランキーを探しに行く前。ミリアはとある建物の中で待っているように言われ、率先して残ってくれたハットリと共に、暗い室内で時計の針がゆっくり、しかし確実に進んでいくのを聞くともなしに聞いていた。ミリアがここで待つよう言われたのは、単純な話CP9ではないからであり、戦力にならず本当に協力的かどうかも定かではないからだろう。ミリアはこのことになんの不満も持ってはいなかったし、むしろ当然のことだと受け止めていた。いくら大将の娘と言えど、つい先刻まで海賊の仲間だった女なのだ。彼らが、特に全く面識のないカクとカリファが、そう簡単に信用するとは思っていない。それにーーミリアには、ひとりきりの時間が必要だった。

「……ルッチの気持ちが分からない」

他人の気持ちが分からないのは至極当然のことではあるが、それにしたって彼の心は読み解けない。ミリアに対する言動、そこに滲むなんらかの感情。全てが、彼女を混乱させた。先程のことだけではない。昨晩、何故あれほどまでに構ったのか。ルッチは明らかにミリアの心の淀みを吐き出させようとしていた。結果、一時的であれ、彼女の心に安寧を齎してくれた。
思えばはじめから、彼はミリアに対して随分と優しく接していた。確かにミリアは幼い頃、ルッチによく懐いていたしかわいがられていた。そう記憶している。思い出された記憶が、そう言っている。だが、もう8年近くも前の話だ。たとえそれを憶えていたのだとしても、彼が、彼の最も忌む海賊となったミリアに優しくする理由にはならないし、そうなると思いつく理由など他にはなにもない。いやーー1つだけ。大将青キジの娘であるということだけは、優しくする理由に成り得る。けれども、と、ミリアの思考は巡る。自分の知るルッチは、上司だからと媚びるような性格ではなかったはずで、その娘となれば尚更だろう。
ふう、と長く息を吐き出した。考えても埒が明かないのははじめから分かりきっていた。本人に聞かなければ、どうにもならないことも。
聞くべきか聞かざるべきか、またしてもミリアは迷っていた。訊ねたところで何になるというのか。ただミリアの疑問が解けるだけ。しかも、彼の口から「青キジの娘だからだ」などと冷たく言われてしまっては、自分勝手と知りながら心に深い傷を負ってしまうだろうことは容易に想像できた。ずっと忘れていたのはこちらなのに、それでも思い出した今、幼少期に兄の如く慕っていたルッチに対する感情は決して負のものではなく、ルフィ達に対する仕打ちを差し引いても、むしろ好意的であり温かなものだった。彼もまた自分にそんな感情を向けてくれていればーーさながら独りで敵地に乗り込む心地でいる彼女が、大切な仲間だった人達に酷いことをしたのだとしても、旧知の人間にそれを望んでしまうことを、心の拠り所としてしまうことを、責めることはできまい。
彼女が不安と憂いに呑み込まれそうになったそのとき、太腿の上に座り大人しく撫でられていたハットリが、徐ろに甲高く鳴いた。

「……もしかして、慰めてくれてるの?」
「くるっぽー!」
「ふふ、ありがとう」

この賢いハトは、ミリアのことを忘れてはいなかったのだ。だから昨夜も早朝も、自ら身を寄せに来てくれたのだ。懐いてくれていたから。
愛らしさに癒されながら、ミリアは再び思考の海を揺蕩い始める。近頃毎日のように見ていた夢の登場人物である少年は、まず間違いなくルッチだろう。あの夢は忘れ去った過去の記憶の断片。推測は確信に至った。だが、まだ不確定要素が多すぎる。関わりの少なかったブルーノは兎も角、ルッチに関してさえ完全には思い出せてはいなかった。ただ、自分が酷く彼を慕っていたということと、彼もまた自分をかわいがってくれていたということ、大切な人だった、ということ。ルッチもまた自分を大切に思ってくれていたようだが、さて今はどうなのか。ああ、ルッチの想いが分からない。
と、思考がループし始めたことに気付き、ミリアはぱちんと軽く頬を叩いた。堂々巡りな現状を打破する方法はただ1つ、先に述べたように直接訊ねることだ。記憶はどうしようもないにしろ、ルッチの気持ちさえ分かればこのもやもやも半減しようというものだ。たとえ氷の如き言葉が返ってきたとしても。それだけのことを自分は彼にしたのだと、ミリアは叱咤するように自らに言い聞かせた。真実から、報いから目を背けてはいけない。
暫くして、静寂を破るようにノック音が響いた。控えめではあったが、時計以外物音のしない室内でそれは大きく聞こえた。十中八九CP9の人間、恐らくはルッチだろう。どうぞ、とさほど張り上げることもなく告げれば、ドアがこれまた静かに開かれた。果たしてそこにいたのはルッチだった。ミリアはハットリを抱え立ち上がると、真っ直ぐに彼を見据える。あまり時間はないはずだったが、多少なりとも事情を知るブルーノなら兎も角、全く面識のないカクとカリファ、それに政府の役人がいる場で話をする気は、ミリアには毛頭なかった。

「聞きたいことが、あるの」
「なんだ?」

ああ、また、とミリアは頭を抱えたい衝動をなんとか堪えた。何度聞いても、ルッチのミリアに対する言葉には何か特別な響きがある。甘やかで、優しく、愛おしげな。ともすればミリアが自惚れてしまいそうになるような。

「あなたは、わたしのことをどう思っているの?」
「……どう、とは?」
「わたしは、思い出も感情も温もりも、あなたのことを全て忘れて海賊になった。あなたの大嫌いな、海賊に」
「……」
「そんなわたしに優しくしてくれるのは、どうして?なんでそんなにも、」

愛しい人を見るような眼差しを、向けるの。
言い終えた瞬間だった。数歩先に立っていたはずのルッチの姿が消える。かと思えば腰を引き寄せられ、ミリアは瞠目し、しかし抵抗する間もなく抱き締められた。背に回された腕は力強く、けれども決してミリアを壊してしまうことのないよう優しく。腕の中にいたはずのハットリは、いつの間にやら部屋の隅に置かれた小机の上へと移動していた。察しのいいハトである。
与えられた温もりに、耐え切れず涙が一筋流れる。誤魔化すように、ミリアはその逞しい胸板に顔を埋めた。

「愛している」

ただその一言を告げるためだけに零となった距離は、その言葉を、ルッチの想いを、何よりも如実にミリアへと届けた。トクトクと心音を奏でる心臓は心做し早く、抱き締める腕は若干震えていた。まるでそこにいることを確かめるようにゆっくりと頬に触れた手もまた、震えを隠しきれてはいなかった。
上げさせられた顔、目と目が合う。何よりも愛おしいと訴えるその瞳と。

「愛して、いるんだ。ずっと、ずっと……あの頃から」
「海賊に、なったのに……?」
「関係ないさ。おれにとってお前はーー」

紡がれた言の葉に、ミリアは目を見張った。同時に、ほろり、流れた涙は、ルッチの長い指に掬われた。