Questo e niente a rispetto di guello che ti faro poi

(こんなこと、私がこれから君にしてあげることに比べれば取るに足らない)



「ロビン!!やっと見つけたぞー!!」

ルフィの叫び声が室内に響いた。さすがのロビンもこの事態には驚いたようで、少しばかり目を見開く。それぞれの反応を見せる中で、ただひとり、ミリアだけは他とは違った。

「なっ……どこ行くんだミリア!!」

ルフィの問い掛けにも答えることなく、スーツの男ーールッチの元へ。差し出された手に手を重ねる。そのまま引き寄せられ、抱き締められた。
突然のことに驚きを隠せない面々だったが、漸くナミがこの場の異常性に気が付いた。何故だかルフィと行動を共にしていたらしいパウリーが愕然とした表情を浮かべ、倒れ伏すアイスバーグへ問うた。まるでこいつらがあなたの命を狙った犯人みたいにーーそれが紛れもない真実であることは、幼児でさえ分かるものだった。それでも認めたくないのか、順に彼らの名を呼ぶ。カリファ、ブルーノ、カク、ルッチ、と。しかし彼らは眉ひとつ動かさない。この暗殺事件は、内部の人間による犯行だったのだ。
口を開いたルッチは、淡々と自分達が政府の諜報部員であることを明かし、信じられないならアイスバーグの顔でも踏んでみせようかと告げた。そのあまりに残虐な言葉に、一同が息を呑む。
額から流れる血をものともせずーーあるいは怒りで痛みなど感じていないのかもしれないーー怒鳴ったパウリーがロープを取り出し、果敢にもルッチに挑み掛かった。が、刹那のうちに避けられ、右胸を貫かれる。苦悶の声を上げ前のめりに倒れ掛けながらもなんとか膝を付き耐える。自らの技を"六式"と呼んだルッチは、なおも立ち上がろうとしたパウリーの肩をがしりと掴んだ。

「ミリアに当たったらどうするつもりだ。……まあいい。どの道消す命……」

そして、再び指銃を喰らわせようとした、そのとき。叫んだルフィがゴム故に伸びる足でルッチを蹴り飛ばそうとした。のだが、あまりにも呆気なく受け止められる。その掴まれた足を縮めることで近付き"ゴムゴムの銃乱打"を放つが、それもまた全く効いてはいなかった。
うっとうしい、小さく呟いたルッチの姿が消える。次の瞬間、目線を彷徨わせるルフィの喉元にパウリーが喰らったのと同じ指銃が放たれた。呻き声を上げゾロの隣まで吹き飛ばされたが、ゴムの体が幸いして風穴が空くことはなかった。普通なら即死である。咳き込んだルフィは、腕を伸ばして倒れ伏しているパウリーを掴んで引き寄せた。

「アイスのおっさんを殺そうとしてる奴等をブチのめそうと約束したんだ!!」

なぜパウリーに味方するのか?答えは単純明快、ルフィ達もまた彼らに用があるからだった。それは、他でもないロビンのこと。そして、つい先程もうひとつ増えた。ルッチの背に庇われるミリアのことである。
明らかに"あちら側"に立っている2人に、ルフィとナミが理由を問う。チョッパーもまた必死の形相だった。

「私の願いを叶える為よ!!あなた達と一緒にいても、決して叶わない願いを!!」

成し遂げるためならどんな犠牲も厭わないとまで言い切ったロビンの声には、反論できなくなりそうなほどの力強さがあった。話す必要がないとしてその願いについては口を閉ざしたロビンは、荒い息で必死に訴えるアイスバーグを、悪魔の実の能力によって咲かせた無数の腕で拘束し黙らせた。誰にも邪魔はさせない、その言葉には、強い決意さえ感じさせた。

「ミリア!!」

名を叫ばれたミリアは、ふっと笑った。

「ごめんね。でも、わたしははじめから、"こちら側"の人間だった」

まさかわたしが誰の娘か忘れたわけじゃないでしょう。冷たく言い放たれた言葉に、ルフィはしかし認めないとばかりに首を振った。そんなことは関係ない、お前はおれの仲間だ。それは船員全員が思っていることで、ミリアにとっても嬉しいことだった。だが、覚悟を決めたのだ。おくびにも出さず、別れを告げる。さようなら、と。

「なぜ……なぜ麦わらの一味のお嬢さんが、政府の諜報機関の側につく……!!」
「簡単なこと。ミリアは元々こちら側の人間……大将青キジのご息女だからだ」

苦悶の滲む疑問の声に淡々と答えたルッチは、大将の娘であるという事実に驚くアイスバーグとパウリーには目もくれず、カリファに時間を聞く。そして、この場にいるCP9とロビン以外の面々をさらに驚愕させる事実を告げた。なんと、あと2分で屋敷が炎に包まれることになっているというのだ。全力で走るか窓から飛び降りるかすれば逃げることも不可能ではないが、ここにいるのは政府の諜報機関、それも唯一殺しを許可された暗殺機関に属する謂わばエリート達。強さは一海賊であるルフィ達とはとても比較にならない。そんな状況で、どうして屋敷から逃げ果せられようか。目を剥くミリアは、慌てたようにルッチの腕を掴んだ。

「安心しろ。麦わらの一味は殺さない」

ミリアにだけ聞こえるよう囁かれた言葉に、ルフィ達から顔を背けて安堵の息を漏らす。彼らの安否を心配し、安堵する姿を見せたくなかったのだった。辛いが、いっそ裏切り者だと憎まれ罵られた方が楽だった。尤も、ルッチの声は他の人には聞こえていなかったため、無意味ではあったが。

「ーーどうやらおれ達を消す気らしいな。「ニコ・ロビン」と「ミリア」も向こうにいたい様だが……ルフィ、お前、ロビンとミリアの下船にゃ納得できたのか?」

柄に手を掛けいつでも抜刀できる体勢に入ったゾロ、天候棒を構えるナミ、いつでも走り出せる姿勢をとるチョッパー、そして、

「できるかァ!!」

ルフィは、絶叫した。
その間にも刻一刻と発火装置の作動時間が迫ってくる。この部屋が炎に包まれるのは最後の方ではあるが、脱出は困難を極めるだろう。麦わらの一味は殺さない、とルッチはミリアに言ったが、それは即ちアイスバーグとパウリーは殺してしまうということだ。実際、ルッチはどの道消す命だと言っていたのだから。
ミリアは迷っていた。ルフィ達が生きて、無事に航海を続けられるというのならそれに越したことはない。彼らを殺さないと言われ安堵した。だが、2人を見捨てていいものか。決断できないまま、ロビンが先に行くと言って窓へ歩いていく。認めないと叫ぶルフィに、さようならと告げて。
捕まえようと走り出したルフィの前にはブルーノが立ちはだかる。鉄のように硬くなる"鉄塊"、紙の如く攻撃を避ける"紙絵"、消えたように見える移動技"剃"、空を蹴り浮くことのできる"月歩"にルフィは翻弄される。さらに、カクとカリファによって放たれた鎌風を呼び起こす"嵐脚"によって吹き飛ばされてしまう。いち早く斬撃だと気付いたゾロが伏せるよう指示したため、ナミとチョッパーは掠めただけだった。
途端に床を蹴ったゾロがカクに斬り掛かる。対するカクは鋸で応戦。立ち上がったルフィが窓を開け放ったロビンを呼び止めるが、二度と会うことは無いと言って去ろうとする。切り結ぶゾロがルフィに早く捕まえろと叫んだ直後、カクに指銃を浴びせられ倒れてしまった。そしてーールフィも。

「行け、ニコ・ロビン」

温度を感じさせない声音で命じるルッチの手が、ルフィの顔を容赦なく掴み動きを止めていた。前が見えていないルフィに至るところを殴られるが、慌てるのは肩に乗るハットリばかり。直前に軽く押され1歩下がった位置にいたミリアは、ただただ見ていることしかできなかった。
ロビンは去っていき、用はないとばかりに勢いよく放られるルフィ。物心ついた頃から"人体の限界"を超える為の訓練を受けてきて、得た力が"六式"と呼ばれる6つの超人的体技。ルッチの言うように、ルフィ達一海賊団との戦闘力の差は桁違いなのだ。

「ーーこの一件は世界的機密事項。お前達如きが手を触れていいヤマではない!!そして……」

そっと引き寄せられ、ミリアは彼に身を預けた。

「ミリアもまた、お前達のような海賊が触れるなど許されることではない!!」

その言葉にはっと顔を上げたミリアは、じっと彼を見つめた。なにか特別な感情が滲んでいるのを感じたのだ。だが、それの正体までは分からなかった。
とうとう発火装置の作動時間になってしまった。カリファの促す声に、しかしルッチは最期に面白いものを見せようと言う。徐々に大きくなっていく体、鋭く伸びた爪に長い尻尾。紛れもなく悪魔の実の能力だった。

「"ネコネコの実"……」
「……モデル、"豹"……」

ルッチの声に被せるようにミリアが言った。ヒョウ人間、人獣型は立派な体躯を誇る。ルッチ曰く、数ある能力の中で身体能力が純粋に強化されるのは"動物系"の特性であり、迫撃において最強の種である、と。幼少期から訓練を積み重ねてきた彼だからこそ、その言葉の重みが違うようにミリアは感じた。能力を使わなくとも充分強い事は知っていたが。
職人達が上がってくることに気付いたカリファに声を掛けられ、ルッチは嵐脚を使い天井を破壊した。これで職人達は来られない。同時に、逃げ道さえも塞がれてしまった。
パウリーの、目に涙さえ溜めての叫びの答えは、冷たい一言で済ませられる。そんな彼に鋭く光る爪が振り下ろされようとするのを、ミリアは諦念の眼差しで見つめていた。

「ハトのやつ〜!!」

ルフィの拳がルッチの顔を勢いよく殴った、瞬間、ミリアは顔を逸らした。結果が分かっていたからだ。殺さないと言った、その言葉を信じている。けれど、間違いなく重症を負うこととなる。
無意識に胸元で手を握り締めていたそのとき、ふと昼間に買ったもののことを思い出した。彼らへの餞別にと購入したのに、いつの間にか記憶の隅へ追いやられてしまっていた。それはきっと、幼少の記憶が泉の水の如く湧き出てきたからだ。スカートのポケットから取り出したのは、人数分の小さなお守り。素早くナミに駆け寄って、押し付けるように渡す。

「な、ミリア!!」
「さよなら。あなた達の航海が、順風満帆でありますように」

どん、と強く背中を押した。



人獣型を解いたルッチはミリアを姫抱きにすると、アイスバーグとパウリーを縛っておくよう命じた。直に火が回る。大怪我を負っている上ああもしっかり縛られては、もう助からないだろう。ごめんなさい、呟いたミリアは、彼の首に腕を回して胸に顔を埋めた。
部屋から出た5人は、屋上にて屋敷を包み燃え盛る炎をながめていた。ルッチの独り言のような言葉を聞きながらミリアは、彼の言う通りこれをCP9の仕業と思う者はいないだろうと思っていた。海賊であり容疑者だったルフィ達がいくら騒いだところで、市民は聞く耳を持たないに決まっている。これがCP9のやり方なのだ。
改めて、自分がもう戻れないことを悟っていた。

「ーー行くぞ!!もう1人のトムの弟子、フランキーのーーいや、「カティ・フラム」の持つ設計図を奪いに!!」

その言葉と共に月歩で飛び立ったルッチの腕の中で、ミリアの頬を一筋の涙が伝った。