横にいる彼はルガールーで、オリヴィエで。
あ、でも私と過ごした時間が長いのは断然ルーガルーのほう。でもルーガルーはオリヴィエで。いつのまにかルーガルーがオリヴィエになっちゃってたんだ。顔もなにも変わってないのに、ルーガルーはオリヴィエになっちゃった。男爵はなにも言わない。もともと男爵のつけた名はただのあだ名であり、そこまで思い入れもなにもなかったんだろうから当たり前だ。
でも私にとってはルーガルーはルーガルーで、それをオリヴィエとみとめるなんてできなくて。



「ねぇ、なんでまだルーガルーって呼ぶの?」

「え?だってルーガルーはルーガルーでしょ?」



苦虫を噛み潰したような顔をしたルーガルー。「やめてよ」なんで?ルーガルーはルーガルーでしょ?私が旅をしてきたのは男爵とルーガルーだよ。オリヴィエじゃないんだよ?



「僕はもう狼男なんかじゃないんだ」

「だからって…」

「もう終わったんだよ。全部。だから僕はもうその名前を捨てたんだ」



知ってるよ。全部忘れたいのは私だって同じだもの。でもね、忘れたくないものだってもちろんある。三人でした数年間の旅の思い出。辛くて、でも楽しくて幸せで。小さくまた名前を呼べば苦しそうに「やめてよ」と返された。



「なんで、オリヴィエなの…」

「え、」

「なんで?つぼみに貰った名前がそんなに大事?私たちの過ごした時間よりつぼみたちと過ごした時間のほうが幸せだったの?なんで、なんでよ!」

「…それが本音?」



汚く喚く私に呆れたようにため息をはいたルーガルーが躊躇いがちに手を伸ばしてきた。人より低い体温の手が私の頬をつつんで私の涙を優しく拭い取りそのまま後頭部にまわされた手がゆっくりと私を引き寄せる。
ルーガルーの肩口に押さえつけられてちょっと息苦しいけど、昔と変わらぬ香りが鼻腔をくすぐってなんだか安心した。



「馬鹿だね」

「馬鹿だもん、どうせ私馬鹿だもん」

「つぼみから貰った名前はもちろん大切だよ。つぼみ達と過ごした時間も大切だったし、幸せだった」

「…そう」

「でもね、僕達が過ごした時間は正直つぼみ達とは比べ物にならないほど大切だ。これからもずっとね」


僕がオリヴィエって名前を選んだのは今までのことにけじめをつけたかったから。すっきりとよくとおる声が今はもっと澄んで聞こえた。


「オリヴィエ」

「なに?」

「オリヴィエ、オリヴィエ」



私が名前を呼ぶたびに律儀に返事をしてくれる。優しいのは相変わらず。



「僕は、変わらないよ。悪いことだけ捨てるんだ。君のことが好きなのは変わらないから」



だから僕はオリヴィエになるんだ。
男爵や狼人間のことでうじうじ悩むルーガルーはもういないよ。



そっかルーガルーはちょっとだけ大人になったんだ。ちゃんと分かったはずなのに、なぜだか涙が止まらない。











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