ゆっくりと重たい瞼を持ち上げれば私を覗き込んでいた風也とばちりと目が合った。
吃驚して「ひっ」と情けない声が漏れてしまった私を見て、くすくすと笑った風也はくるりと踵を返しキッチンのほうへ向かいながら「寝顔見ちゃった」と声を弾ませて言い放った。
ふかふかとした、いかにも上等なソファから身を起こして乱れた髪を手で梳く。
はて、私はいつからこんなところで寝ていたんだろう。指に絡まった髪が引っかかりぶちぶちと嫌な音を立てて数本抜けた。ああそうだ、お菓子を食べたあとに寝ちゃったんだ。我ながらなんと子供っぽいことか。


「今日さ、君が来てくれて安心したよ。」


「別に、風也が悪いわけじゃないし、どちらかというと私が」


そこまで言って口を噤んだ。私が、悪いのかな?
キッチンからかちゃかちゃと音がする。言葉を途中で切った私を、風也はどう思っているだろうか。私が言わんとしていることに気付いているのだろうか。
覚醒しきらない頭をどうにかしようとふらふらと洗面所へ向かう。きっと酷い顔してるんだろう。鏡を前に、思ったとおり酷い自分の顔を見つめる。なんとまぁ覇気のない顔だこと。うわ、ちょっと涎のあとが付いてる。
そのまま視線を下に下げたとき、思わず瞠目した。


「あ、れ」


首筋を撫でてから、急いで顔を濯ぐ。寝ぼけてるんだ、そうにきまってる。何度も自分に言い聞かせ、ゆっくりと顔を上げた。
でもやっぱり首筋の赤紫は消えない。擦っても引っかいても、どうやったって消えてくれない。


「結構上手くできたでしょう」


「風也、」


いつから居たのだろう、鏡越しに微笑む風也が映る。
そのまま鏡を挟んで目を合わせたまま近づいてきた風也が、散々に掻き毟られた私の首筋に手をあてた。驚くほど冷たい手に身震いすれば心なしか風也の爪が喉に食い込んだ気がした。


「風也、どうしたの?」


「だって君が、」


「私が?」


「僕のこと拒んだから」


肌を滑る風也の指が私の喉もとを捉える。風也がその気になればすぐにでも私の気管は塞がれてしまうだろう。そんなことあるわけないと思いながらも恐怖がふつふつと湧いてきた。


「初めてだよね、僕のお願い聞いてくれなかったの。君はいっつも優しくて僕のことを想ってくれていてなんでも受け入れてくれていたのに。なんでだろうね」


不気味なくらい穏やかな表情の風也。
やっぱり拒むべきじゃなかった、受け入れるべきだった、と今更になって後悔が胸を占める。
私は、ただ風也を受け入れ続ける人間であるべきだったんだ。
私の喉を捉えたままもう片方の手が私の下腹部に添えられねっとりとした手つきで撫でる。あぁ風也は全部分かっている。


「本当は大丈夫なんでしょ?嘘は駄目だよ」


風也の名前を紡ぐ私の声はすぐに空気に紛れてしまうようなか細いものだったけど、風也は嬉しそうに私にすりよってくつくつと喉の奥を鳴らして笑った。








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