少しだけ干からびた花冠が墓石にかけてあった。触れればぱりぱりと崩れてしまいそうなそれはきっと彼女が作ったのだろう。他の人たちがこんなことするはずがない。
立ち尽くす僕の周りはいやに静かで、目の前に刻まれた名前だけが僕を見ているようだった。なぁ、君は僕のことをどう思ってたんだ?やっぱり最低な野郎だと思っていたか?
僕はな、ナランチャ。君が嫌いだったよ 彼女の心を独り占めする君が大嫌いだった。馬鹿だろ?そうだよな みっともないよな男の癖に。

屈んでそっと墓石に触れれば無機質な冷たさが指先を伝ってくる。君はいないんだな。もう君はいないんだな。僕が震えていた間に君は死んだんだ。


「フーゴ?」


久々に耳に響いた声に咄嗟に振り向く。
ああ神はなんて意地悪なんだろう、なぜ彼女がここにいるのだ。変わらぬ繊細な髪を風に靡かせながら彼女は立っていた。腕に花を抱える彼女は、昔より少しだけ落ち着いた服装で、ふんわりと微笑む顔は幾分か女性らしくなり、埋もれていた淡い思いが胸の中で疼いた気がした。


「久しぶりだね、元気にしてた?」


「ええ…」


僕の隣にきた彼女はゆっくりと座り、花束を墓石に供え、しばらくただ墓石を見つめていた。相変わらず長い睫毛は瞳に影をおとし、きつく口元を固く結ぶ姿は、僕の好きだった彼女そのもので、そんな顔をさせるナランチャというやつが心の底から羨ましいと思った。


「ここにくるの初めて?」


「はい」


「そう…ナランチャもきっと喜んでるわ」


「さぁ、それはどうでしょう」


途中で逃げ出した僕のことなんて、とうに見放していただろう。
今更会いにきたところですべて遅いんだ。怒ってくれていいんだナランチャ。君はどうしようもなくいら馬鹿な奴だったけど、僕みたいな屑じゃあなかった。君には十分俺を怒る資格があるんだ。
黙りこくった僕をみて彼女はまたあの優しい笑みを浮かべて俺の頭を撫でた。細い指が髪をすり抜けていく。



「ナランチャはきっと喜んでるよ」


「でも、僕は」


「だって大事なお友達だもの」


そうでしょう?と首を傾けた彼女に、僕はどうしようもなく涙腺が緩んだ。
ナランチャの奴はいつもこういやって彼女の優しさに包まれていたのだろうか。とんだ幸せものだ。
僕の髪を梳いていた手はいつのまにか頬に下りてきて、その親指が目尻を撫でる。



「フーゴも辛かったのよね」


「僕は、ただ」


「フーゴのいない所でみんな死んじゃって辛かったのよね」


「貴女だって、ナランチャが死んで辛かったでしょう」


「そうね…辛かった」


「好きだったんですね」


「好きだったよ、大好きだった」


そういってナランチャの名前の刻まれた石を見つめる目はどこまでも優しい色をしていた。頬にあった温もりは既になく、その指は変わりにナランチャの名前を愛しげになぞっていた。


「いつまでも引きずってたらナランチャに怒られちゃうからね、私も前に進まなくちゃ、」


「こんなこと言える立場じゃないけど、僕にできることがあったら何でも言ってください」


じゃあお買い物でも手伝ってもらったおうかなぁ、と昔のような笑顔を浮かべながら彼女が立ち上がる。気付けば疼いていた思いは完全に昔の色を取り戻して躍動しはじめた。
なぁ、ナランチャ、僕のこと怒ってもいいよ。ナイフやフォークでいくらでもぶっ刺したっていい。
君の代わりなんて僕には務まらないし、まっぴら御免だけど、この人をもう一度だけ好きになってもいいだろうか。






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