ぶかぶかのコートを着た彼女は忙しなく室内を歩き回っていた。袖も裾の余っている姿は、コートを着ているというより着られているという表現のほうがしっくりくる。
ちらちらと俺と時計を交互に見てはため息をつきまた部屋のなかをうろつく姿は、さながら小動物のようだったが、そんなことを言ったら間違いなく機嫌を損ねるだろう。
じっとその様子を観察する俺に、ついに彼女は痺れを切らしたのか口を開いた。


「ユーリ、もう時間じゃない?」

「まだ三十分前だ」

「でも準備できてるじゃない」

「早く行ったところで店は開いてないぞ」

「分かってるけどさ」


顔を顰めて不貞腐れた彼女をみて、口からふっと笑いが零れた。さらに眉を潜めて俺を見る彼女は馬鹿みたいに子供のようで、なぜか少し嬉しくなる。
足を止めた彼女に歩み寄りながら柄にもなく頬を緩ませれば、訝しげな顔から驚いたように彼女は目を見開いた。そういう反応をされると恥ずかしいな、やはり笑うのは柄じゃない。上がった口角を引き下げて彼女の袖から少しだけ覗く細い手を絡め取ってやり、玄関の方まで引っ張っていく。細い指は血行が悪いのか少し冷えていたけれど、玄関につくころには俺の体温と混ざってある程度暖かくなっていた。


「ユーリ、お店まだやってないってさっき言ったじゃない」

「ああ」

「どこ行くの?」

「知らん」

「知らんって…」

「周りをうろちょろと歩き回られるくらいなら適当に外で時間を潰したほうがまだマシだと思っただけだ」

「……じゃあ公園行きたい」


声はまだ不貞腐れていたが、手を振り解かないあたり別に怒ってはいないみたいだ。公園なんて行ったら開店までには間に合わないだろうが、それはそれでいいのかもしれないな。





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