これの続き


「悔しい」

「そんなに落ち込まなくても…」

「だって…だって私…」

「いいことじゃないか」


にっこりと隣で笑ったトビーはうな垂れる私の頭を撫でながら優しく言い聞かせるように言った。
いいことなのかな?いいことなのかもしれないけど、あんなこと言ったくせに簡単に決心を揺るがせる自分が情けなくてしょうがない。


「そりゃあ、毎日アプローチされたらドキドキしますよ」

「毎日抱きしめられて告白されて甘い台詞囁かれ続けてたからね」

「……私そういう免疫ないのに」


ため息をついて肩を落とす。トビーは相変わらず微笑んでいる。そもそもみんなが調子にのってキングくんにあることないこと吹き込んだりしたのも悪いんだ。私が甘いもの好きってばらすからキングくんとケーキ屋さんめぐりするはめになったし、私が暗がりが苦手だって教えるから、わざわざ家まで送ってもらうことになっちゃったし。

思い出すだけで恥ずかしくて、ぐりぐりとトビーの胸に頭を押しつける。こんなことになるなら「好きにならない」なんて強がり言うんじゃなかった。


「ちょ、痛いってば」

「だってだってだって!」

「だれも君のこと怒ったりしないよ、むしろみんな喜ぶんじゃない?」

「絶対馬鹿にされる!正宗とかゼオとか!!全力で馬鹿にしてくるに決まってる!」

「うーん、その二人は…ねぇ」


もう頭をトビーにめり込ませる気力も起きなくて、ただ頭を預けるだけにした。真上から聞こえるトビーの声は困ったような声音で申し訳なくなる。でも他に悩みを相談できる相手がいないのだ。隅にいる私たちなど気にせずベイバトルをして騒ぐみんなには絶対に相談できない。


「落ち着いた?」

「ちょっとだけ」

「そう、じゃあそろそろ離れたほうがいいかもね」

「え?」

「キングがすごい形相でこっち見てるからさ」


トビーにそう言われるや否や思い切り振り返る。振り返った先にはトビーの言葉どおりキングくんが怒っているような悲しそうな、苦虫を噛み潰したような…とにかくいつもの笑顔が微塵も感じられない顔でこちらを見ていた。


「トビー、どうしよう誤解されちゃった」

「もしかして修羅場に巻き込まれちゃったかな?間男役なんて嫌だなぁ」

「そ、そんな暢気なこといってないでよ!どうしよう…誤解をとく?どうやって?」

「告白だね」

「こ、告白?だって私好きにならないって言っちゃったから」

「キングは君に好きになってもらいたいんだ。そんなちっぽけな宣言守るより、素直に好きって言ったほうが喜ぶよ」


とっさに小声で相談するもトビーはいたって平然としていた。結局、いってらっしゃい、と私の背中を押したトビーに文句なんか言えるはず無くて無言のキングくんの前に歩み出た。ベイバトルに勤しんでいた幾人かが私たちに気付いて何事かと視線をむけてきて、ただでさえ緊張しているのにさらにプレッシャーをかけられる。重たい空気のなか先に口を開いたのはキングくんだった。


「トビーと付き合ってないって言ってたじゃん」

「い、いやトビーとは付き合ってないよ」

「じゃあなんで抱きついてんだよ」

「抱きついてたわけじゃなくて…じゃれてた?というかふざけてたような」

「ふーん、俺にはしてくれないのにな」


口の中がからからに乾く。キングくんがこんな真面目な顔してるのなんて見たことなくて、自分はとんでもなく酷いことをしたんだと思った。プライドを捨てて告白するなんて言う前にキングくんに愛想をつかされてしまいそうな状況。


「あのね、キングくん、私ね…その、」

「なんていうかさ、人の心って努力でどうこう変えられるもんじゃないんだよな」

「キングくん?」

「俺の努力は報われなかったってわけだ!」


真面目な顔を崩して笑ったキングくん。周りのみんなが私を見ている気がした。分かってるよ、このままじゃ駄目だってことくらい。私が臆病のままじゃキングくんを傷つけちゃうし私だって悲しいんだ。でも、必死に空気を吸い込んで言葉を紡ごうとしても喉に力が入らなくて掠れた息しかでてこない。はやくはやく自分を急かしても上手くいかなくてもう泣きたいとさえ思った。


「あのっ、私…私は、」

「別に気使わなくていいんだぜ?女に振られておまけに気を使われちゃあ男の面子丸潰れだ」


「そうじゃなくて、だから…その」


もごもごとはっきりしない私のことなんてお構いなしにキングくんはちょっと歪んだ笑顔で「ちょっと傷心に浸ってくるかな!」と踵を返して逃げるようにジムの出口に向かおうとした。



「キングくんの努力は無駄じゃなかったよ!」


とっさにキングくんのジャケットを掴んでなかば叫ぶように言った。
吃驚したようにこちらをみるキングくんだけど、私だって吃驚してるんだから、こんな大きな声だして。



「だ、だってキングくんは私を惚れさせるために努力したんでしょ?私、キングくんのこと好きになったよ。だからキングくんの努力は無駄じゃない」


矢継ぎ早にそういってキングくんの反応をうかがったけど、目をまん丸にさせたまま一向に喋ってくれない。ああ、もう遅かったのかな。不安が胸を支配してきたとき、いきなり体が前に傾いた。後頭部と背中にがっしりと回された腕にぎゅうぎゅうと体が締め付けられる。目の前に赤いジャケットと褐色の肌が見えて、一拍おいてから活発に血流がめぐって体が熱くなった。


「キ、キングくん!」

「お前は俺のこと好きになってくれたんだよな?」

「…うん」

「俺もお前のことが好きだ」

「…うん、ありがとう」

「つまり俺たちは両思いってことだ!」


ばっ、と体を離されて、爛々と輝く目と視線がかちあった。



「好きだ!お前のこと大好きだ!」

「キングくん!そういうのあんまり大きい声では…」

「あ、正宗にも報告しなきゃな!みんなー!ついに口説き落としたぜー!!」


ジムに響き渡るほどの声でキングくんが言い放った。私を口説くとかいったときもこんな感じだったなぁ。みんなはよくやった、とキングを賞賛してる。でも告白したのは私なんだからね。

しっかりと肩を抱かれて密着する体に顔を赤くしていたらトビーが小さく「よかったね」と口を動かすのが見えた。よかったはよかったのだけれど、これからキングくんが過剰なスキンシップをしてきそうなところが悩みの種である。
でもまぁこうやってくっついているのも悪くないかも。








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