「フフ、フフフ、フリッピーさん」 「うっせぇな、少し黙ってろ」 「黙ってられませんよ!痛いです、い、痛いですって」 少し動かしただけで、でろり、とぬるぬるした液体が私の腕を伝っていく。確かめるように傷口をなぞるフリッピーさんは楽しそうに口角を吊り上げた。これで逃げられないだろ、と全身に纏わり付くようなねっとりとした声で囁いた彼が私を壁に縫い付けているナイフをじわじわとねじる。 「おめぇは俺のこと嫌いだろうが、俺は生憎お前を気に入ってる」 「フ、リッピーさん」 「可哀想になぁ、お前は優しーい俺が好きなんだもんなぁ」 捲し立てるように言い放つフリッピーさん。別に優しい彼も今私をいたぶっている彼も同じフリッピーさんじゃないか。そんなに私は気にしてないのに。ああ、それにしてもいい加減手が痛い。このままじゃ出血多量で死んじゃうよ。ま、今日殺されたところで明日も殺されちゃうんだろうけど。毎日来てくれるのは嬉しいけど、こうも毎回殺されるんじゃ、痛いのが嫌いな私にはつらい。 「わ、私、痛いの嫌いです」 「そんなの知ってる、俺は痛がるお前を見たいんだ」 「でも、貴方の事は…嫌いじゃないですよ」 痛くされるのはいやだけど、あなたのことは嫌いじゃないです。もう一度言えば、ナイフをねじっていた手が止まり、目を見開いたフリッピーさんが歪な笑みを引っ込めてなんの表情もない顔で口を開いた。 「貴方ってのは俺のことか?」 「はい」 「優しい俺のことか、それとも…」 「私をいっつも痛めつける貴方、です」 部屋に血の滴る音だけが響いた。珍しく口を噤んだフリッピーさん。気恥ずかしくって俯いていれば、突然引き攣ったような笑い声が聞こえて、思い切り手からナイフが抜かれた。 「奇遇だな、俺もお前のことがだぁい好きなんだ」 だから、明日もお前のこと殺してやるよ。痛くて痛くて叫ぶ私に嬉しそうな声で語りかけてくるフリッピーさん。嫌いじゃないけど、好きとは言ってないです。反論しようにも痛みのせいで呂律が回らない。涙でぼやけた視界のなかでフリッピーさんが「また明日」と煌くそれを振り上げるのがみえた。 体中の熱がどんどん無くなるなか、頬になにかが触れて大好きだ、と愛しむような声が私の耳に響いた。まったくどうしてか、この瞬間がとても幸せに感じてしまうから、彼のことを嫌いになれない。 |