ゆっくり息を吸い込んで、吐く。
唯一この部屋の空気を揺らす音がハルトに聞こえてるだろうか?できれば聞こえていないことを祈る。緊張しているなんて知られたくない。
ハルトと話すのがこんなに憚られるなんて思いもしなかった。カイトくんと会ってからはとてもハルトに会う気が起きなくて、どうしようかどうしようかと考えるほど、時間が過ぎてゆく。ハルトに会わなくては、でも今更会いにいくなんて気まずい。ちっぽけな循環を繰り返して、何週も回った結果私はここにいる。




「ハルト、」



「久しぶりだね…うん、すごく久しぶりだ」



窓の外を見つめながらか細い声でハルトが言った。
ハルトがどんな顔をしているのか分からない。やっぱり怒ってるよね、いきなり来なくなったし。




「あ、あのね、なんか色々あってさ…来れなくてごめんね。やっぱり寂しかった?なぁんてそんなわけないよねー、はは、ははは…」




「笑わないでよ、僕笑い声なんて大嫌いなんだ」




すぐさま鋭い声が響いて、私の乾いた笑い声は打ち消される。
今まで聞いたこともないような声に心臓がどくん、と嫌な音をたてた。

笑い声が嫌い?だってこの前まで一緒に笑ってたじゃない。
その前もその前もずっと一緒に遊んで笑ってを繰り返してたのに。



ゆっくりと歩み寄ってくるハルトの顔が見えたとき、私はとても怖くなって、思わず涙が零れそうになった。
隈が前よりも酷くなったし、表情はどこまでも無表情。
たかが数日だ。数日見ない間にハルトはさらにおかしくなってしまった。
ああ、もしかして私はとんでもない間違いをしてしまったのかもしれない。
カイトくんに何を言われようが、来るべきだったんだ。





「すっごく寂しかったんだよ、待っても待っても来てくれなくてさ、このまま来てくれなかったらどうしようかと思った」




「そう、だよね、友達をほったらかしなんて駄目…だよね。ほんと私なにしてるんだろう馬鹿みたい」




ごめんと口を動かしたのに、掠れてしまって上手く言葉にできなかった。
背中に回された腕がぐい、と私を引き寄せる。
さほど変わらない身長だからか、首筋にハルトの息がかかってくすぐったい。
なんて言ってあげればいいのかな。なんて言ってあげたらハルトはもとに戻るかな。
そんなこと分かるわけなくて、ごめん、とただ馬鹿みたいに繰り返すだけしかできない。



「謝らなくていいんだよ、僕ね、やっと気付いたんだ。いやもうとっくの昔に君にそういう感情を持っていたんだろうね。ただ今回のことで僕は確信したんだ。僕は君が好き、大好きなんだよ、友達なんかじゃ足りないくらい。大好き」



脳内に染み込むように甘く囁かれて、堪えていた涙が頬を伝ってハルトの首に落ちた。
堰を切ったように涙が零れて、いよいよ嗚咽も堪えられなくなる。
どうしてだか、とても怖くて仕方なかった。まるでハルトの言う「好き」という言葉がずっしりと私の胸にのしかかる様な、そんな感じ。



「泣いてるの?」



嬉しさの滲み出るような声音で囁かれ、胸が抉られたように痛む。
カイトくんはこうなるのが分かってたんだね。もう前みたいには居られないって分かってたから、こうなるまえになんとかしたかったんだ。カイトくんごめんなさい。それでもハルトから離れるのは嫌だったんだよ。
だって大事な友達だから。一番大切な友達なんだから。


私は一体どうすればいいのかな?
何をどうすればなんて、分かるはずなくて、私は縋るようにハルトの背中に腕を回すことしかできなかった。








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