がたん、とたてつけの悪い家のドアが開く音がした。急いで膝にかけていたストールを肩にかけて玄関へ急ぐ。もう慣れてもいいものだが、どうもこの玄関までの道のりが幸福に感じてしまうのはこれが私の待ち望んだ夢だからだろう。 「おかえりなさい」 肩に積もった雪を払うユーリに声をかければ戸惑いがちに「ただいま」と返ってきた。ユーリはユーリでいまだにこの言葉になれないみたいだ。そりゃあの頃に「おかえりなさい」やら「ただいま」なんて言葉を使うことなんて滅多に…いや一切なかったから。まぁそんな過去あって今の幸せ二倍ってこと。 「ご飯あるよ」 「そうか」 「えっとね、今日はボルシチとその他諸々!」 「ああ、」 のろのろとテーブルにつき、のろのろと食事をはじめた彼に思わずくすり、と笑みがこぼれる。突然笑った私が気に食わなかったのか不機嫌そうにユーリがこちらを睨んできた。でもやっぱりその目も昔とちがってどこか柔らかい。昔なんて本気で喰われるかと思うくらいだったのにね。私たちは変わったんだ。ますます頬が緩む気がした。 「なんだ、気色悪い」 「なんかね、ユーリも私も変わったなぁって」 「そうか?」 「うん。なによりユーリと一緒に暮らしてるなんて一番の変化。」 まさかユーリが私のこと好きだったなんてね。冗談めかして呟けば真っ赤になったユーリがテーブル越しにぺしん、と私の頭をたたいた。でもやっぱりあんまり痛くなくて、むしろなんか幸せな痛さに感じる。 「もちろん私もユーリのことずっと前から好きだったよ?」 「うるさいっ!そんなこと知ってる!」 本格的に照れたのか、今度はがつがつと食事を再開したユーリ。なんていうか照れ隠しがバレバレなところは昔から変わんないね。(あ、口にボルシチついてる。)拭ってやろうと手を伸ばして、ふと気付く。中途半端に伸ばされた手にユーリも訝しげに顔を上げた。 「あのさ、ユーリ。今気付いたんだけど」 「なんだ、いきなり」 「私達…結婚してないよね」 「………」 嫌な沈黙。「なんで今それに気付いたんだ」「いや、なんか夫婦みたいだなぁと思ったから」なんだ、もしかしてユーリも忘れていたんじゃないだろうか。まぁいまも事実上の夫婦っていうか、ね。もう一緒に住んでるしお互い好きあってるし、することだってしちゃってるし。夫婦、だよね? 「いちおう結婚する?」 「…そう簡単に決めることか?そもそもこういうのは男からだろ」 「じゃあユーリ、私にプロポーズしてよ」 「あのなぁ…」 重々しいため息をついて視線を漂わせるユーリ。否定しなかったから、多分プロポーズの言葉でも考えてるんだろう。どうしよう、毎日ボルシチ作ってくれとかだったら…。もうちょいロマンチックなのがいいなぁ。あ、でもキザすぎるのはちょっと…。 「しょうがない…じゃあ、言うぞ」 「う、うん。どうぞ…」 「…俺が初めてお前に会ったのはボーグだった。こういうのもなんだがあそこで会うなんて最悪の出会いと言わざるを得ない。辛い、苦しい。蹴落としあい生き残る。運が良かったことといえばお前も俺も強かったことだ」 あ、れ。なんか本格的…なんですけど。 「お前は優しかったから、俺やボリスにも笑顔で接してくれた。あそこで笑顔だったのなんてお前くらいだからな、忌々しくもあったが、結果俺達は心のどこかで救われてたんだ。ここだけの話だが、ボリスはお前に惚れていた」 「え、それほんと?」 「まぁ、ボリスとの勝負はもちろん俺が勝ったがな。だから今俺はここでお前と食事をしている。」 自然と下がった視線。傷のない手。傷だらけだった時のことが頭をよぎる。 「俺は今、幸せだし、お前も幸せでいてくれているなら…と思っている。だから」 だから、俺とお前の関係が本物だってことを証明する印が欲しい。いつの間にか静まり返った室内。自分から言っておいてなんだけど、どう反応すればいいんだか分からない。ここはやっぱり、喜んで!なんて抱きつくのが定番なんだろうけど、生憎私とユーリの間にはテーブルがいらっしゃる。そしてなにより、私の声が出ないだろう。いや、出るけど、上ずった変な声しかでない。 「おい、返事はどうした」 痺れをきらしたユーリの声が飛んでくる。何の反応もしない私に呆れたのか短く息を吐く音がしてから、私の頬に手が添えられた。優しいけど、しっかりと捕らえられてぐい、と上を向かされる。きっと私、今酷い顔してるよ。ぼやけた視界に赤が映った。 「お前は、笑ったり泣いたり忙しいやつだな」 瞬間、力強く引き寄せられ軽く唇同士が触れ合った。いつものユーリらしくない。普段はもっと狼みたいに噛み付くくせに。こういうときに限ってずるい人だ。 (結婚式には誰を呼ぼうか) (好きにしろ) (ボーグの人と、BBAのみんなと…ユーロチームとかも呼んじゃう?) (前言撤回だ、結婚式くらい静かにしろ) |