「お疲れ様」


びくりと震えた肩に苦笑を零せば、いつものように気弱そうな顔をした風也がゆっくり振り返った。
驚かさないでよ、とロビンになるためにセットした髪を手で崩しながら風也が呟く。
まだ少し乱れている髪を自前の櫛で整えてあげながら風也の顔をじっくり見つめてみたが、綺麗な緑をした瞳は私を見ることはなく斜めしたを見つめてゆらゆら揺れていた。
ロビンになりきっているときにみせる爛々とした鋭い瞳が嘘みたい。
役者っていうのはそういうものなのかな。


「ほんとロビンのときとは大違い」


はっとしたように顔をあげた風也の目はやっぱりどこか不安定な印象で、それでいて水分を含んだ表面が光を反射してロビンとはまた違った魅力が溢れていた。



「君までそんなこと言うんだ」


「悪い意味じゃないよ?」


「どうだかね」


自嘲するように薄く笑った風也はそのままソファに倒れこんだ。悪い意味じゃないのだとしたらどういう意味があるのだ。まったく。もともとネガティブな面もあったが最近は輪をかけて卑屈になった気がする。



「風也機嫌直して」


「別に僕は機嫌悪くない」


「だって怒ってるもの」


ソファに手をつき顔を覗きこむけれどしっかりとクッションに顔を埋める風也がどんな表情をしているのかなんて分からない。耳元で名前を呼んでも少し身じろぎするだけでまったく相手にしてくれない。



「私はロビンより風也のほうが好きだよ」



一瞬空気がなんとなく張り詰めて、私が少しばかり羞恥心に苛まれはじめたところで風也が思い切りクッションを私に押し付けてきた。おもわず変な声をあげてしまったが、それよりも風也の発する意味のわからない言葉の羅列のほうが空間の大部分をしめていたので、きっとあわてふためく彼は気付いてないだろう。


「きき、きみはいっつも、僕がね!どういう気持ちかとか……そういうのをだね、ああもういっつもいっつもいっつもそうだっ、きみって人はなんでこう……ほんとに」



押し付けられたクッションのせいで満足に言葉を発することができない。声音から彼がどんな表情をしているのかなんて安易に想像がつくし、何を言ってあげて、なにをしてあげればいいのかも分かりきっていたけど如何せんクッションが私の行動を邪魔する。
大人しく離してくれる様子もないので仕方なく手探りで彼の腕を掴みむりやり引き剥がしてやったら案の定真っ赤な顔でこちらを睨みつける風也と目があった。



「風也」


「もういいよ!分かったからこれ以上言わないで」


「大好き」


「いわなくていいってば!」


「ロビンじゃなくて風也が大好き」



返す言葉が見つからないようで視線をあちらこちらに彷徨わせる姿をみて、隙を突いて唇を押し付ければ一瞬呆けてから今度は風也から遠慮がちに唇を重ね合わせてきた。
初めてじゃないのにお互い真っ赤で傍からみても実に恥ずかしい光景だろう。実際私たちだってすごく恥ずかしいんだ。



「そろそろ風也のお母さん来ちゃうね」


「うん」


「明日もロビン頑張ってね」


「言われなくても分かってるさ」


いまだ熱の引かないらしいほんのり赤い頬をした風也がロビン顔負けのきらきらした笑顔で笑った。うん。ロビンもかっこいいけど私は風也のほうが何倍も好きだ。





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