「くやしいな」


ぽろっと口から零れた言葉に男爵が不思議そうに首をかしげた。
塔の上は風が強く、体温をことごとく奪っていく。
男爵はそうでもないかもしれないけど、私にとってはそれはもう寒くて寒くてしょうがないくらいだ。
そんなところに二人寂しく腰掛けながらパリの街を見下ろす私はたちはどこか世界から隔離されているようだった。



「一体おまえはなにが悔しいというんだ」


「ルーガルーのこと」


「ほぅ、あの馬鹿のことが気に食わないのか」



気に食わないわけじゃない。
そりゃ逃げ出したのは少なからずショックだったけど、ルーガルーが勇気を出して行動した結果があれなのだ。
臆病者の私が彼のことをとやかく批判できるはずがない。
ただ、見てしまったんだ。



「ルーガルーのことを抱きしめてあげられるのは私だけだと思ってた。」


「お前、あいつのところに行ったんだな」


「ちょっと覗いてきただけだよ。別に話してない」


満月が近いから気になって、と本当に自分に聞こえるくらいの声で呟けば喉の奥でくつくつ笑いながら「お優しいものだな」と男爵がいった。
笑いごとじゃないのに、私にとっては重要なことなのに。
まったく大人ってやつは子供のこころを分かろうともしてない。
心のなかで悪態をつけば見透かしたように男爵が私の頭を撫でてくる。
まったくまったく大人はみんな優しくすればいいとでもおもってるんだろう。



「ルーガルーは大分お前のことを慕っていると思うぞ」


「つぼみだってルーガルーのこと抱きしめてあげられるんだよ?私の代わりなんていくらでも居るわ」


「……女というのはよく分からないな」


「女っていうのはね、好きな人の絶対になりたいの」


そういうものかい?なんて言う男爵はまったくなにも分かってないわ。
私はもうルーガルーの絶対じゃなくなってしまった。それがどうしようもなく悔しくてしょうがないんだ。



「いやはや子供に女がなんたるかを説かれるとはな」


「ばか男爵、だからもてないのよ」


「そういうならお前もルーガルーの気持ちを理解すべきだ」


「どういう意味よ」


「ルーガルーは君のことが好きだ」


この男爵は何を言ってるんだ。
にこやかに笑いながら笑えない冗談をいうなんて。
嘘つき、と男爵の頭を叩けば胡散臭い笑みを深くして、こつんと杖で反撃された。



「お前はもう少し大人の言葉を信じなさい」



恥ずかしくって逃げるように塔から飛び降りた。
顔に当たる冷たいはずの風が気持ちよく感じるくらい私の頬は赤くなっていたらしい。
はやくこんな争い終わってくれないかな。ルーガルーに言いたいことがいっぱいあるんだよ。






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