ふわふわと湯気を立てるコーヒーに自分が映る。茶色く濁った私は本当に醜くて嫌になるくらいだった。試しににっこりと微笑んでみたけど揺れる波紋がこれまた私の顔面を面白いくらいに歪めてくれる。期待はしてなかったけど落胆した。


「気持ちわりぃことしてんじゃねーよ」


突然降ってきた言葉に顔を上げればクロウが不機嫌そうにこちらを見下ろしていた。そのいかにも汚いものを見る眼が冗談であってほしいと思う。本気だったら私泣いちゃうからね、と心の中で呟くけどそれを口にだせない私はなんて弱虫なのかな。
よっこらせ、と私の隣に腰掛けたクロウはさっきの言葉がどれほど私を傷つけたかなんて知りもしないで、今度は打って変わって心配そうな顔して「どうした?」なんて尋ねてくる。



「アキちゃんね、遊星のことが好きなんだって」


「ふーん」


「遊星もね、アキちゃんのこと嫌いじゃないって言ってた」


「ってことはカップル成立も遅くはないか」




「羨ましいなあ」あんまり羨ましくなさそうな声音だ。横目でクロウを見るけど羨ましい、というよりは面白くないという顔で宙を見ていた。多分クロウは、他人は他人、自分は自分という風にキチンと分けられる人なんだ。それに比べて私ときたらこんなにもアキちゃんを羨ましく、妬ましく思っている。嫌な子。本当に嫌な子。消えてしまえばいい。



「お前もしかして遊星のこと好き、とか?」



唐突に問うてきたクロウはらんらんと瞳を輝かせて何かに期待するような顔で私を覗き込んできた。一体彼が私になにを求めてきているのか分からなくて咄嗟にコーヒーに視線を移す。無言の私を見てかってにいいように解釈したらしいクロウがまたさっきみたいに面白くなさそうな声で「そっか」と呟いた。もう一度みたクロウの瞳にもう期待の色はなかった。




「アキちゃんが羨ましい」



綺麗で強くて可愛くて、いつも自信に満ち溢れている彼女が羨ましい。私も彼女のようになりたかったよ。落ちた涙がコーヒーの中に解けていった。もうこんな自分見たくなくて瞳を閉じれば追い出された涙がまた落ちる。クロウは何も言ってくれない。どう思っただろうか。惨めな子だとでも思ったかな。めちゃくちゃになる思考回路はなにを思ったのか分からない、けど震える口が動いた。無意識だったような気がする。




「私、クロウのことが好き」



押し寄せる後悔と自責に今度は「ごめんなさい」と紡いだ。なにかすごくいけないことをしてしまったみたいに思えてただただ謝るしかできなくて、本当に深い海にでも沈めてほしいくらいだ。あぁ、やっぱり私なんかがアキちゃんのように恋をするなんて無理だったんだよ。



「遊星のこと好きじゃないのか」



みっとも無い声を聞かれたくなくて首だけ縦に振れば重々しいため息が聞こえた。本当に消えてしまいたい。


ふいにカップを握る手に何かが触れて、思わず目を開いた。反動でまた落ちた涙は私の手に触れてるクロウの手に落ちてそのまま肌を滑る。そんなこと気にする素振りを見せないで私より幾分か大きい手が私の手からカップを奪っていった。クロウの顔をみたかったけど泣き顔なんて見られたくなくてそのままでいるしかできなかった。隣から聞こえるコーヒーを飲む音に耳を傾けていればいきなりダンっ、と思い切りカップが目の前に置かれて、思わず肩が跳ねる。
カップのなかのコーヒーは無くなっていて、なにも映っていない。少しだけ茶色くなった底が顔を覗かせている。




「お前はそのままでいいとおもう。」



「…え?」



「よかったな、カップル第一号だ。遊星たちの先を越したぜ?」




がしがしと髪の毛をかき回される。よく理解できなくて言葉にならないような声しかでない。無理やり顔を上げさせられて乱暴に目元を擦られ、視界がクリアになれば、目の前に満面の笑みのクロウ。つられて私も不器用ながら笑ってみた。クロウの瞳に映る私はコーヒーに映ったあの笑みよりちょっとだけいい笑顔だったと思う。








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