それは暖かくて、幸福で、心のなかをすべて満たしてくれるそうだ。まるで母親の胎内で羊水に浸かっているような安心感。その時間をずっと彷徨っていたくなるような、そんなかんじ。××は世界を平和にする。××があるからこそ人々は生きていける。はて、私は××なんて感じたことはないのですが。ということは私は生きていけない?いやいや私はここで息をしている。これまでだってそう生きてきた。まったく、だれが××なんてものを説いたんだ。間違いだらけではないですか。



「可哀想なこと言わないで」



「しかし、本当に××を理解できないんですよ」



それがこの世界に存在するのかさえ、実のところ私は疑問に思っている。



「知りたい?」



「ええ、できれば」




伸びてきた手が私の頭を引き寄せた。彼女の胸に押し付けられた耳から低く脈打つ音が聞こえてきて不思議な気持ちになる。周りのことなんて忘れるくらい、その音に夢中になれた気がした。つまりそのとき私の中身は彼女一色に染まっていたということだ。





「たとえば、私がフォクスの思う気持ちだとか、私がフォクスをこうやって抱きしめるのとか、」




一拍置いて、彼女が私の頬に手をそえ軽く唇を重ねた。ぞわぞわと背中によくわからない感覚がはしり胸のあたりが苦しくなった。苦しいけど、苦痛じゃなくて、むしろ幸福のようなよく分からない何かが溜まっていく。


彼女はちょっとだけ頬を緩めて私の手を握った。





「これが、あい、だよ」







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