「お、おおおおはよう、ふぃ、ふぃ…フィリップ君」



「うん、おはよう」



ここまでの会話に大体15秒はかかっただろう。普通の友達となら、ものの三秒程度ですまされてしまうような会話も、彼女と交わすと倍か、それ以上かかる。
そのせいか、彼女と話している友人は苦笑いを零したり、苛立たしげな顔をしたりするものだ。俺は違うけど。だって彼女がこんなにも噛むのには理由があるから。さすがに俺だって理由もなくこんなにダラダラ喋られちゃイラつく。




「き、今日も、その…いいて、てて、天気だね」


「ああ、見事な快晴だ」


「それでね、とつ、つ、突然だけどわわわ、渡すもの、があって」




顔を真っ赤にさせ、若干汗ばみながら彼女が一生懸命言葉を紡ぐ。



彼女のようなのを吃音、というらしい。俺もよく知らないけど上手く喋れないんだそうだ。そう教えてくれた彼女はそれはそれは、たどたどしく、よく言葉を租借ないと意味を理解できないような発音で、俺は妙に納得したのを覚えている。



こんなに長いこと喋るの吃音のことを教えてくれた時以来かな、なんて思っていれば、目の前にずい、と小さな箱を差し出された。




「ここここれ、あげ、げる」




なにこれ、と呟けば、にっこりと微笑まれた。
ぜぇはぁ、と疲れたように息をする彼女は「ちょ、ちょっとだだだけ、待って」と深呼吸を繰り返し、俺のほうを見る。



「フィリップ君、お誕生日おめでとう」



すらっと綺麗に吐き出された言葉に吃驚した。俺が聞いた中で一番綺麗で聞き取りやすい言葉だ。そしてなにより、俺の名前を噛まずに言ってくれたのが嬉しい。ちょっと胸がときめいた、気がする。うん、まぁちょっと問題もあるけどそれを言ったら彼女は悲しんでしまうだろうし、俺自身そんなに気にしてないからいっか。彼女は満面の笑顔だ。俺も多分満面の笑みだろう。





「ん?フィリップの誕生日は一週間前だろ?」




どこぞの似非紳士が変なことを言う前までは。
ひょっこり現れたと思えば…。ほらみろ、彼女泣きそうだぞ。レディを泣かせていいのか、



「あああ、えう、あっとああああの、ごめんね」


「気にしないで、君が何事もゆっくりなのはもう知っているから」


「で、ででもたんじょ、誕生日をまちがわれ、れれ、るのは悲しい、よ」




聞き取るのが難しいな。ゆっくりじゃないと喋れないのに、焦って早口になってる。そんなに焦らなくてもいいんだけど。まったく彼女は優しいから、苦しそうに謝罪を繰り返す。エドガーときたら至極困り顔で俺を見つめてくる。どうにかしろとでも言うのか。まったく。




「俺は君の気持ちが一番嬉しいよ」



「で、でで、でも」


「それに何事にも一生懸命な子、俺は好きだな」





「それは、どど、ど、どういう意味?」と聞き返す彼女に微笑んで、手の中から箱を受け取った。
我ながらすごく思わせぶりな態度だけど、彼女の口から俺の名前をもう一度聞きたいからさ、うん。ちょっとくらい意地悪してもいいよな。







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