げほ、と嫌に耳障りな咳が聞こえて、咄嗟に振り向いた。
そこには小さな咳を繰り返しながら彼女が立っていて、今にも崩れ落ちそうな足取りでこちらへ歩み寄ってくる


「部屋から出ちゃだめじゃないか」



駆け寄って背中を撫ぜればひゅーひゅーとこちらまで苦しくなるような呼吸を繰り返す彼女は嫌だというように首を横にふった。
問答無用だよ、と一声かけて細い体を持ち上げる。ぱたぱたと足を動かす彼女だけど、一度咳き込み、それから無抵抗になった。





「ここは汚いんだよ、君は綺麗だからここには居られない」



慰めるように頭を撫ぜてから部屋のドアをあけ、ベットに下ろしてあげる。可哀想だけど、こうしなくちゃ君を守れないから。ここに閉じ込めていなきゃいけない。
備えつけられた酸素マスクを彼女の口に押し当てながら、部屋を見渡す。ここには何もない。彼女はそれが嫌なのだろう。でもね、外に出たっていいことなんて何もないんだ。彼女の思い描くような草原は広がってないし、小鳥のさえずりも聞こえない。

鼻に付く異臭が漂っていて、どこからともなく響いてくる爆音に怯える人々がそこらじゅうに蹲っている。




「外、みてみたいな」



酸素マスクに遮られ曇った声が小さく鼓膜を揺らす。
なんとも答えられない。誤魔化すように彼女の頭を撫でれば、彼女は目を細めてじっとこちらを見つめてきた。



「ヒロトは優しいのか酷いのか、どっちなんだろうね」



分かんないや、そう呟いた彼女は今度こそ瞼を閉じ、ゆっくりとした呼吸で眠りについた。そっと酸素マスクをはずし機械にかける。ふと、これもあとどれくらい使えるのかな、なんて悲観的な思考が頭をよぎった。まぁ、彼女の世界が綺麗なままで終わることができるのなら、それでいいか。


またどこからか爆音が響いてきた。彼女は眠っている。俺もそっと眼をとじてベットにもたれた。世界が終わるまであと少し。






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