耳あて
「おっ似合う似合う」
「…そうっすか?」
池袋の街角。
トムは自分より幾分身長の高い後輩を見上げて笑った。
黄色いひよこみたいなそいつは寒さに鼻を赤くして、耳につけたそれをポンポンとたたく。
「さすが静雄の弟。兄ちゃんのことよく分かってんな」
「…まぁ、家族ですしね」
なんでも知ってますよ、と静雄は弟が褒められたことが満更でもない、というように顔を隠しながらサングラスを手で押し上げる。
照れた時にサングラスを手で押し上げるのは静雄の癖。
家族じゃなくても俺は静雄のことをちゃんと分かってるつもりだ。
中学の時、静雄の傍にずっといて支えてたのは俺だった。
こいつが家族に言っていないことだって、多分俺は知っている。
だけど俺達は家族じゃない。
やはりその肩書きがあるかないかで大分違う。
けれど、俺がどれだけ頑張ったって家族になんてなれやしない。
手に入れるための物を、俺は一生手にすることは出来ない。
だって俺達は、
もう生まれた時からそういう運命の下にいたから。
俺達が今みたいな関係以上にはなるなんて望み、信じてはいけない。
けして交わることなど、あるはずがないから。
「トムさん?」
自分の名前を呼ぶ声にハッとして顔をあげる。
そこには、急に立ち止まった自分を心配した静雄が不安そうに首を傾げて俺を見ていた。
自然と目が彼の耳当てへと移る。
(今なら何言っても聞こえねぇだろうな)
そう思ったらトムは知らぬ間に口を開いて、彼への率直な想いを言葉にして吐き出していた。
「好きだ」
ザワザワとした人混みの中、彼の少し傷んだ金髪がふわりと風で靡いた。
青いサングラスから透けて見える静雄の目がぱちりと瞬く。
そして俺の表情を伺うようにしてジッとこちらを真剣な眼差しで見つめてきた。
その反応を見れば、あぁ聞こえてねぇんだな と容易に分かった。
聞こえていない。
それに安心する自分と落胆する自分。
一体どっちが本当の自分なのかは俺自身にも分からない。
だからといって、それを確かめるための術を俺は持ち合わせていない。
…だから、
「トムさん、今何か言いましたか?」
こんな中途半端な気持ちでは、そのふんわりとした微笑みに何も言えなくて。
「…いや、なんでもねーべ」
俺は結局自分が傷付かない最良の逃げ道へと走る。
その笑顔を失いたくない一心で自分の身を守る。
結局は俺も自分の身が可愛いのだ。
そう思ったら、心がぎしりと軋む音がした。
再び歩き出した静雄のあとを追って俺は小走りで走り出す。前方のひよこ頭がもう一度俺を振り返って笑ったから、俺も釣られて笑う。
…その笑顔が少し歪んで見えたのは、きっと俺の気のせいだ。
耳あて
(この距離を手放したくないから、俺は何も聴こえないふり)
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