手袋

「ええじゃろ!」


今日、水族館に来た椎名の一言目はそれだった。
伊佐奈の顔の前でバッと両手を広げ、ぐーぱーぐーぱー と手を開いたり閉じたりしている。
伊佐奈は自分の瞳に大きく映る椎名の手に顔を近付けてよく観察してみたが、別段とくに何があるという訳ではなかった。
それを確認すると伊佐奈はその両手から少し離れて目を細め、ニカリと笑う椎名を見つめる。


「…なにがだ?」
「分からんのか。にぶいやつじゃの」


お前に言われたくない と心底思ったが、分かってて機嫌を損ねさせるのは億劫だったので伊佐奈はただ黙ったままでいた。
そうすると椎名は上機嫌のまま伊佐奈に話をし始める。



「この手袋、蒼井華とウワバミが作ってくれたんじゃっ!!」



なるほど。
確かにその手に嵌められているのはいつもの革手袋ではなく、ふわふわとした毛糸のものだった。
見ただけであぁ、暖かいのだろうな とは自然と思うが。


「でなんでそれを俺に?」
俺は椎名に自分が寒がりだと言った覚えはないし、現にそうでもない。


…まさか椎名は俺がその“蒼井華”やら“ウワバミ”やらに好意を持っているのだと思ってるんじゃないだろうな。


伊佐奈は そうなら面倒なことだ…と思いながら溜息をつくのを堪え、椎名の答を待つ。
そんな椎名はというと、伊佐奈の言葉にニカニカとした顔を崩すことなく呟く。



「お前にはこーいうの作ってくれるやつはおらんじゃろうな、と思って見せびらかしに来たんじゃ」




…全く何を言う気にもならん。

伊佐奈は堪えていた溜息ハァと吐き出し、目を閉じる。
分かってない。
やはりこいつは何も分かってない。

伊佐奈は目を開けて椎名を視界に捉えると、兎 とその名を呼んだ。
そしてなんじゃと今だ笑っている目の前の兎の手に自分の手を這わせる。


「…椎名は俺を何か勘違いしてる」
「ん?」



伊佐奈はそう言うと椎名の人間のそれに戻っている方の手袋を外し、空気に晒されたその手を自分の手で包むこむ。
暖かい、人肌がじわりと手の平に染み込む。
そのほのかな暖かさに心地良さを感じながら、伊佐奈は眉をひそめて自分を見る椎名に呟いた。



「俺はそんなんなくても、こうすれば暖かいからいいの」



伊佐奈はそう言って笑い、何か言われる前にとすぐさまその手を離して会議室へと足を向けた。
手の中には書類の束と一緒に、茶色の手袋が彼の体温の名残を残していた。

手袋
(俺には必要ないけれど)
(まぁ少しくらいはこれに嫉妬してやってもいい)





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