にらめっこ

「ねぇ鈴木」

明日する公演のための訓練が終わった後、あたしは原型から人型に変身して出来た唇で愛しい黒髪の彼を呼んだ。しましま模様のボールとかフラフープとか他にも色んな小道具をテントの隅っこに片付けていた鈴木は、屈めていた腰を上げて黒くて真っ直ぐで綺麗な瞳であたしを見た。


「なに?」
「その傷、ほんとに大丈夫なの?」


あたしは鈴木に近付き、その額から流れ落ちそうな汗をぺろりと舐めると、彼の顔を覗き込んだ。唇の端の赤く腫れた切り傷。Tシャツの隙間からちらっと見え隠れする青い痣。そして、首筋の見えるところについた赤い痕。
鈴木はあたしの視線に気付いたのか、Tシャツを少し上に上げてそれを隠そうとしながら力無く微笑む。


「大丈夫だって。トイトイは心配しすぎ」
「…だって」


あたしは知ってるもん。みんなはきっと知らない、その痛々しい傷をつけてる時のこと。



いきなり言葉を切ったあたしの顔を不思議そうな顔をして見つめてくる鈴木。動くたびに見えるその痛々しい衣服の下に、潤む瞳を堪えるようにあたしはぎゅっと口唇を噛んだ。


それはほんとにほんとの夜中のことで。
道乃家のテントの中から肉を打つ乾いた革の音が聴こえた。それが聴こえたのは昨日。だけどそれは昨日だけじゃない。
一昨日も、その前の日も、その次の前の日も。そしてきっと今日も聴こえる。人間の肌色の肉を打つ生々しい音と、鈴木の苦しそうな艶めかしい呻き声。扉の向こうなんて覗いたことないから分からないけど、きっと微かに洩れる生臭い臭いからして人間同士の性交なんだと思う。男同士で出来るのか、なんてわかんない。


だけどそんなこと今はどうでもいいの。答えなんていらない、だってあたしは男じゃないもの。
だからそんなことなんの問題でもない。じゃあ何がっていうとね、


「大丈夫だよ。ありがとう、トイトイ」


鈴木にとってそれは嬉しいことじゃないってこと。


だって毎日毎日鈴木の身体には今言ったみたいな傷が増えてて。見てるだけであたしも痛くなってくるの。それくらい酷い傷ばっか。なのに鈴木はそれを全部我慢してるの。無理やり笑って外側の痛さも心の痛さも全部全部ごまかしてるの。道乃家の歪んだ想いを全部直球で受け止めて。痛いの、鈴木はあのモサモサ頭みたいな悪い奴じゃないのに。鈴木は出来る子で痛い思いなんてしなくていいのに。
鈴木は道乃家のことが好きだから、それでもいいっていうの。あたしがどんなに言ってもそれでいいっていうの。痛くても、傷ついても、道乃家が愛してくれるなら何でも我慢できるっていうの。そしたらあたしは何も出来ないじゃない。鈴木がそう言うならあたしは胸がどんなに痛んでも、見てることしか出来ないもの。だからせめてあたしはね、



「鈴木っ!」
「ん?」


「にーらめっこしましょ、笑うと負けよ、あっぷっぷっ!」


首を小さく傾げて振り返る彼の目の前まで思い切りぐぃっ近づいて、あたしは自分の頬っぺたをつねった。瞳の中でぱちりぱちりと瞬きを繰り返す鈴木の姿が鮮明に映り、彼の目の奥のあたしがおかしな顔をしてこちらを見つめている。そんな風に視界の中心に捉えた彼にも分かるように、あたしはひりひりと痛み始めた頬にもっと力を入れて口角を思い切りあげた。犬歯を見せつけるかのように顔をくしゃりと歪ませれば、彼が笑う。温かな掌であたしを撫で付けて、笑う、笑う。


「鈴木の負けっ!!じゃあもう一回ね!!」


それだけであたしは幸せなの。鈴木があたしと一緒にいて幸せに思ってくれたらそれでいいの。だからもし鈴木があたしじゃなくて道乃家が好きでも、いいの。道乃家なんかにほんとは渡したくなんかないし、鈴木のこと傷つけるならあたしと一緒にいればいいのにって思うけど。
鈴木がそれでもいいっていうなら、それでいいの。
鈴木が幸せなら、あたしも幸せなんだから。


にらめっこ
(ほんとはそんなの全部口実で、貴方が笑ってくれればそれでいいの)





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