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走る走る。
風を背に、ふわりと薫る春の陽気の香しさを目の端に入れて。
心地好く輝かしい朝の陽射しに目を細め、彼の今日一日は始まる。





01




ざわざわとした教室に俺が入るのと担任が入ってきたのはほぼ同時だった。早く席つけーと叫ぶ教師を横目に見ながら窓際の席へと向かう。すると後ろの席で帽子を傾け、音楽を音洩れしたままイヤホンから垂れ流し、口を開けて寝ていた男は俺が横を通るや否や背もたれからガバッと身体を起こした。そうして顔を上げ、目の前にいるのが俺だということを確認するとにこーっと笑って耳朶からイヤホンを外した。


「あ、伊佐奈ちゃんおはよー!珍しいね、俺より遅い登校なんて、しかもこんなぎりぎりに!まさか寝坊??やっだ椎名じゃないんだから」
「勝手に一人で進めるな。…専属の使用人が用事があって朝早くに出ていったから」
「あー。ソウデスカ」

そう言って通学鞄を机に置き、窓を背に椅子に腰かける。教壇ではSHRが始まり、担任が今日の予定やらなんやらをつらつら並べている。俺は前を見ていた視界をゆっくりと右横へと流す。右目の端から呆れ顔の道化顔が瞳の中に映り込む。

「…まぁでも伊佐奈ちゃんってホントまさに“ボンボン”って感じだよねぇ。…けど大丈夫っ!俺はそんな伊佐奈ちゃんでも好きですよー」
「黙れ。触るな変態。消えろ。消え失せてしまえ」
「あー酷い酷いっ!!伊佐奈ちゃんそんな酷いことばっか言うと口臭くなっちゃうよ」


酷いと言いながらも正直あまり、というか全然傷付いていない癖に胸に手を当てオーバーリアクションをするこいつは本当に忙しい奴だと思う。しかし、これで疲れていたら半日で俺の体力などへばってしまう。
なぜ、って…それは


「伊佐奈ー!道乃家ー!」
「げ」
「おー椎名、はよー」


SHRが終わり、再びざわざわと騒がしくなった教室に水玉模様のマフラーが印象的なもう一人の“忙しい奴”がズカズカと一切の遠慮もなく入ってくる。その息は少し荒く、それに気付いた道乃家はにやにやとしながら立ち上がり、その肩に腕を回した。

「なんだよーまたお前遅刻したんだろ。しんねーよ?あの小煩いって有名な風紀委員に捕まっても」
「心配すんなっ!今さっき捕まってきた」
「まさかの!?なになに、なんか言われた?」
「それがの、秩序と規制と愛についてとことん語られたんじゃ!それとな、あいつめんどくさい性格しとるけど凄い素敵な面しとんぞっ!!やばいぞ、あれはやばいぞ!」
「見てぇそれすっげえ見てぇ!!椎名行こうぜ、それ何組の奴?」
「確かなー」
「…おい」

そんな会話をしながら並んで教室から出ていこうとする道乃家と椎名の背に声をかける。ぴたりとその動きが同時に止まる。俺は仕方なく、落ち着きを払った声のまま二人に向かって尋ねる。しかも心優しいことに、小さな微笑みまで交えて。


「お前等。まさかそのまま授業サボる、とか言わねーよな?」
「「………」」



くるりと目の前の背中が回り、代わりにいい笑顔を浮かべた見覚えのある顔。俺は心中の疑念を確信へと変える。椎名と道乃家はそのいい笑顔のまま後ろへゆっくり下がっていき、次の瞬間再びくるりと俺に背中を向けて走り出した。俺は立ち上がって教室の出入り口から顔を出す。すると案の定二人の姿はすでに廊下の端まで行っていて、その場所から俺に向かって叫ぶ。


「じゃーな伊佐奈っ!また後でじゃ!!」
「大丈夫っ、お昼には帰ってくるからー!お昼は一緒にご飯食べよーねー伊佐奈ちゃーん!!」


そんな人の気も知らない単純な叫び声に、俺の怒気の篭った怒鳴り声が校内に響いたのは言うまでもない。


そう、これこれこそが僕等の日常!
(さぁさぁ寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!世紀最大の平凡的ショーの幕開けだ!!)



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