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ここは周りと比べて酷く閑散とした場所だった。

人の気配は多くあるのに、その内の誰もが口を開こうとしない。否、それをよしとしないような固い面持ちを皆していた。
そんな重々しい空気の中、一つ弓を引く音。その音の出所で少し痛んだ黒髪を揺らして前を見据える彼は、その右手を握りにかけ、左手で矢羽を掴んで背筋伸ばし立っていた。ギリギリと弦が音を軋ませ、頬には頬擦羽が掠る。
すると次の瞬間、しなっていた弓がバシンと派手な音を立てて振動し、彼の指先から一瞬にして消える。トンっという鏃が的に刺さる重い響き。それは28m先から余韻として射場内を残る。思わず、その成果に周りから感嘆の声。それもそのはず。彼が放った矢の鏃が捉えたのは、中心から順に色を変えて孤を描く、的の中央部分に位置する場所であった。


02

弓道部。
それはこの逢魔ヶ刻高校の名高い部活動の1つである。
つい一昨年前まではただの弱小部活でしかなかったものの、昨年入ってきた一年の活躍により現在上々の成績を残している。前までは県大優勝成績優秀の部活動といえば超巨大屋外内プールを主要している水泳部であった。だが現在ではその座は弓道部と拮抗、という状態にある。

(…まぁ運動嫌いの彼が頑張っているのは何より、だが…)

逆叉は弓道場の窓枠から彼の後ろ姿を追う。その背中は周りの弓道部員の山で見えにくいが、自分のこの背なら問題はない。俺は一つ深い溜息をついて窓枠に肘を付く。


(仕事をしないのはでら困る…)


というかサボるならその前に何故生徒会長なんかになったのか…彼の考えることはなかなか理解しがたい。…まぁそんなこと今に始まったことでもない、か。
俺は小さな息を吐きながら彼の名を呼ぶために口を開く。

「あれ、逆叉?」


伊佐奈、と声を出しかけたその時、後ろから聞き覚えのある声。ゆっくりとそれに振り返れば、びっしょりと濡れた赤いくせっ毛の髪をハーフタオルで拭く女学生の姿。溜息を吐き出すように、彼女の名を呟く。

「眞希……何回言ったら分かる。先生を付けろ」
「えーいいじゃん別にー。それよりさ、何々?今から会長の説得?」
「まぁそんなとこだ。…というか、お前部活は?」
「逆叉いないから抜けてきちゃった!」
「………」


無言で眞希に視線を流せば、言い訳がましく「だって皆トロくてつまんないんだもーん!!」と逆にむくれられる。呆れるしかない、入ってきたばかりの一年のことを少しは考えろ。
しかしこいつ曰くわざわざトロい奴のために自分の時間は割きたくない、だそうだ。それを聞いて余計この場に居た堪れなくなる。早く何もかも終わらせて行ってやらなければ。これでは水泳部相続の危機だ。
そう思い、彼に声をかけるように再び窓枠を覗き込もうと振り返る。
目の前に黒い弓道衣。顔を上げれば、場内にいる為にいつもより背の高い彼のうっとおしげな表情がはっきり見てとれた。


「…あ、」
「うるせーぞお前等、ここをどこだと思ってやがる」

弓道は精神統一の武道。すっかりと忘れていた。彼の後ろからの視線が痛い。


「す、すみません」
「…ふん」


そう言って謝れば、彼は鋭い目つきを少し和らげた。
そんなに本気で怒っている訳ではなかったらしい。彼、伊佐奈は不自然に伸びた黒い前髪を掻き上げてくしゃくしゃと髪を掻き、で?と俺を見つめる。彼の上目遣い(当然無意識)に少し戸惑いながらも、俺は掠れた声を吐息と共に吐き出す。


「は」
「何の用?わざわざここまで来て」
「あ、あぁそうだ。ぼっ…伊佐奈、生徒会の仕事のことなんですが」
「げ…逆叉、お前やっとけよ」
「無茶を言わないでください。俺が出来る訳ないじゃないですか。…いい加減来ないとすぐに回せるものも回せない。…だんだんと溜まる一方、なんですが」


伊佐奈の顔が酷くめんどくさそうに歪む。見ないふりをする。


「だからまず部活よりも先にこちらを優先…」
「はいはい、しょうがねぇな…あ、おい。時間になったら適当に終わらせとけ」


彼は一瞬俺から目を離し、後ろを向く。そして了解の言葉が彼の話し相手から放たれると再びこちらに向き直り、瞬間何かを胸に押し付けられる。見るとそれは彼の通学用鞄。どうやら持てということらしい。俺はそれを横脇に抱えると、伊佐奈は着替えるから待っていろとその場から立ち去っていく。が、思い出したようにもう一度窓の前に立ち、俺を見下ろして言う。


「お前さ、これだけの用なら早く声かけろよな。あんな早くからこんなとこいるくらいならさ」


ぷぷっ
隣で眞希の笑う声。
その声に不思議そうな顔で小首を傾げる彼に気付かれないよう、俺は彼女を小さく小突いた。


貴方の横顔は遠い
(だってそうむやみに声などかけられる訳がないでしょう)
(貴方のそれは見惚れてしまうほど美しいのですから)


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