嫌い、だけど好き


「13時に東池袋中央公園」









あの人からこれが送られてきたのは、書かれている時間からちょうど30分前。



(全くあいつは人使いの荒い…)




午前にまだ一つ取り立ての仕事が残っていたのだが、今はそんなことを言っている場合ではない。
俺は静雄にシェイクを奢る約束をして残りの仕事を任せ、全速力で目的地へ走り出した。


 ―――――――――――― 



彼からのメールはいつも単発的で自己中心的なものだ。
だから俺の都合なんて全部無視で俺はいつも彼の気まぐれに合わせにゃならなくなる。
そのくせ俺が1分でも遅れるとそのつど仕置きが待ち受けている、なんて。
…全くあの人の自分勝手さに俺はほとほと困っているものだ。
静雄からも俺は「厄介な恋人持ちましたね」と笑われちまったくらいだし。
しかも今日だってまだ仕事が終わってないことを知りながら予定を送ってきやがって。
ほんと迷惑極まりないことである。




されど、こんな時でも心は正直である。
彼に会えると思っただけで俺の心臓はこんなにも。(…重症もんだべ、ほんと)
呆れる気持ちとは裏腹に走っている苦しさとは別もんの胸の高鳴りが身体に響き渡る。そして俺は、自分のいる西口とは反対の池袋駅東口へと足を急がせた。

 ―――――――――――― 



東池袋中央公園の奥にあるジャグジーの前には、人一人、ファッションモデルでもしてそうなスタイルのいい男性が立っているだけで彼の姿はどこにも見当たらなかった。
俺はフゥと一息ついて近くにあるベンチへ腰を下ろす。
どうにか間に合ったようだ。
時間は1、2分遅れてしまったようだがあいつがいないならさして問題にはならない。
それにしても…と俺はジャグジー前に立っている男性をジッと見る。
あの人かっけぇな。
足長いし、背も高いし、がたいもいいし。
俺とは全くの正反対だ。
しかもあんなお洒落して…彼女とデートか?
つっても若くはないよな。
…歳の差カップル?
世の中には色んな人がいるもんだなぁ。
なんて考えながら、俺は煙草を口に加えながらボンヤリとその男を見ていると、いきなりバチリと男との視線が絡み合う。
慌てて目を逸らした時にはもう遅い。
男はコツコツと高そうな革靴を鳴らしてこちらに近付いてくる。
やべ、俺が見てたの気付いて…たよなぁ。
結構ガン見してたしなぁ。あーやばい、近けぇ近けぇぞー…

「…おい」
「す、すいませんでしたっ!」

男の言葉が出る前に俺は勢い良く頭を下げる。
別に悪いことをした訳じゃあないが、絡まれて痛い思いをするなんて馬鹿なことはしたくない。
無駄な争いは(毎日のように周りで起こっていて今更ではあるが)なるべく避けておきたいものである。
俺は、頭を下げたまま目の前に立っている男が去るのをただひたすら待つ。
しかし、目の前に立っている男は罵倒も中傷もないが去りもしない。
つまり、ただ立っているだけ。
俺がこの人はなんなんだと心中に思っていた時、ようやく男は口を開く。

「何言ってんだぁ?トム坊」
「…へ?」


俺は思わず間抜けな声を出し、顔をあげる。
目の前には先程俺が見ていた背の高い男。
でもこの声は…


「赤、林…?」
「あらま、分かってなかったのかい?」
目の前の男…赤林は眉をひょことあげてクスクスと笑う。
髪を下ろし、いつもの派手な柄のスーツを着ていないものの笑い方彼そのものだった…って。
えっ?ちょっ…つーことは……
(俺は結局赤林のことをずっと…)
思い出していくたびに顔がカァと熱くなるのが分かる。
そんな俺は、赤林からの言葉でさらなる追い打ちがかけられる。


「で、気になったんだけどねトム坊。気付いてなかったのにあの熱ーい視線は何だったんだい?」
「っ……」
耳を熱い空気が擽り、俺は身をぶるりと震わせる。
俺の顔の横に顔を近付けている彼の口元がニヤリと歪んでいるのが見え、余計顔に熱が篭る。
そんな俺の反応に満足したのか、赤林は俺からスィと離れてふーん、そうかぃと呟くと鼻歌を歌い出した。
そして一言。
「時間までに来てねぇからお仕置きかなぁと思ったけど、」
「いいもん見れたから今日のところは見逃したげようかねぇ」

赤林はそう言って笑うとじゃあ行こうかねと俺の前を歩き始めた。
俺はその後ろ姿を目で追い、頭をガシガシとかく。


あぁ、全く意地の悪い。
こんな変態親父にはぜってぇなんねーぞ、なんて言ってみるけれど。
だけどそれでも俺は、




嫌い、だけど好き
(結局最後はそうなるんだよなぁ…)



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