不完全な嘘吐き論者


※俺もただの人間だった の続き






深夜3時。
それは大体の人間が布団に潜り、寝静まっているだろう時間だ。
なぜなら、一日を無事終えた者が休息の為に必要なのは睡眠であるからだ。
それはどんな人間だって例外はいない。
しかもそれが病人であるなら尚更、だ。
しかし、俺はどういう訳か、どうしてもそれが出来ずにいた。


その理由は勿論今日の昼の出来事だ。
眠ろうにも脳内には彼の大きな背が、優しい言葉が、安心する笑顔がよぎって眠れない。
こんなもの見たいだなんて思ってないのに、だ。
(…仕事に影響したら、田中さんに責任取ってもらわないと)
なんて全部彼のせいにして。
汚い人間、分かってる。
でも俺はずっとこうやって生きてきたんだ。
今さら、そんなの。


(そうだ。今田中さんに責任取ってもらおう。俺が寝れないのに彼だけが寝てるなんてそんなのずるいし)
俺は分厚い布団の中から力ない腕を出し、ディスクにある自分の携帯を開く。
そしてそこから“田中トム”の名を見つけると、通話ボタンを押して携帯を耳に当てた。
5、6回の呼び出し音の後、ガチャと鈍い音がして彼の低い声が耳に響く。



『もしもし…』
「こんばんはー田中さん」
『折原…か?』
「そーですよー、もしかして寝てましたぁ?」
『普通なら寝てるだろうな…それより、なんでお前俺の番号……』
「…情報屋の俺にそれ、聞きます?」
『…だな』
電話の向こうから聞こえる溜息は諦めが混じっているのが分かる。
俺がなんだか気分が良くなってふふっと笑うと、田中さんはあっと思い出したように話を変える。
『そういえばお前、大丈夫だったのか?』
何が と一瞬聞こうとして口を閉じる。
きっと彼はあの後のことを言っているのだろう。
俺はバクバクと音を立てる心臓を押さえ付けながら精一杯強がった声を出す。
「…あぁ、おかげさまで無事家に帰れましたよ。まぁ田中さんが庇ってくれなくたって全然大丈夫でしたけどっ!!大体俺そんなヤワじゃないし。だてに静ちゃんの相手してる訳じゃないですしね!!」
そういってやれば、電話越しの彼の声が聞こえなくなった。
そうだ、怒れ怒れ怒れ。
そして俺なんか嫌いになれ。
人間なんて簡単に他人を嫌いになれる。
彼だって同じだ。善人ぶっても彼だって人間だ。
自分に利益のないことはしないのが人間の本質だ。
人間なんてみんな、俺の愛している人間はみんなそうやって、


『いや、そうじゃなくてよ…具合、良くなったか?』
「…へ」
予想に反する彼の言葉に唖然として小さな声が漏れる。
心臓がギュッと小さくなる。
俺はこれを望んでなどいないはずなのに。


「なんで…」
『あんな辛そうにしてたら誰でも分かんべ。…ま、その分だともう大丈夫そうだけどな』
そう言った彼は受話器の向こうでクスクスと可笑しそうに笑う。
そんな彼の表情が容易に想像出来てしまう自分が少し怖い。
怖い。
俺が俺じゃないみたいだ。
頭に思い描いた彼の表情にこんな、こんな胸が煩くなるなんて。
田中さんはそんな俺のことなど知らず、そういえば と言葉を続ける。

『で、お前の用事は?こんな夜中に電話ってなんかあったのか?』
「え。いや、別に?」
『別にってなぁ…。ないならこんな時間に電話かけんなよ。』
田中さんはそうやってもう一度溜息をつき、『ま、元気になったならいいけどな』と笑う。


そんな彼の何気ない一言で俺は顔が熱くなって。
また熱が上がったのかな なんてごまかしも効かなくなって。



不完全な嘘吐き論者
(もう彼への気持ちを塗り潰すことなど出来ないようだ)



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