俺もただの人間だった


池袋のある路地裏。
俺、折原臨也はそこに座り込んで直感した。
(もしかしてこれ、死ぬかもしれないなぁ…)
と。





今日はいけなかった。
少し体調不良気味だったのに池袋なんかに来てしまったから。
ん?何故池袋なんかにって?
…俺にそれを言わせないでくれないかなぁ。
俺にとってあいつは、名前を出すだけでも不愉快な存在なんだからさ。
ね、誰だか分かるでしょ?



「いぃざぁぁやぁ!!どこ行きやがったぁ!!!」



ほら。これだよ、これ。
その叫び声と一緒に60階通りの方で物凄い音がする。
いつもならここで俺はスキップしておさらばなんだけど…。


体を動かすだけで、体中の関節がギシギシと軋むのが分かる。
立ち上がろうとするものなら目眩がして再び壁に倒れこむ始末で。
要するに、動けない。
静ちゃんがどんなに馬鹿であろうと、このくらいの路地裏にいる俺ならすぐ見つけてしまうだろう。
俺は出かける前に聞こえた秘書の言葉を思い出す。


「今日は外に出るの、止めておいた方がいいんじゃない?…まぁ貴方がどうなったってアタシの知ったことじゃないけど」


…波江の忠告を聞いて今日は大人しく寝てればよかった。
ほんと波江のって変な所で当たるから嫌なんだよねぇ…
朦朧とした意識の中で何の責任もない彼女を非難したその時、濃い影と共に一つの声が俺に被さった。

「あれ、お前…」




勿論静ちゃんの声じゃない。
もしそれだったら俺はとっくに自動販売機で潰されている。
…まぁ確かに静ちゃんの近くにいる人ではあるけれど。
「田中…さん」
「おーやっぱ折原か。どした?こんなとこに座り込んじまって。」
「いや、それは…」
と言葉を紡ごうとした時、近くから聞いたことのないような馬鹿デカイ音が響き、俺と田中さんは同時にその音の方を振り返る。
そして予想通りその先にいた金髪喧嘩人形は、池袋中に聴こえる位大きな叫び声をあげた。


「あぁぁあああぁぁぁああぁ−−−ッ!!いざやぁ!」




うわー…これほんとまずいなぁ。
俺は静ちゃんの声に小さく舌打ちしながらよろよろと立ち上がり、この路地裏から出ようとした、のだが。
スッと俺の前に腕が伸び、行く手を妨げられた。
その腕の根元を見ると俺に背中を向けた彼。
そんな彼に抗議しようと口を開くが「ちょっと待て」と動く口が見え、出かかった言葉を飲み込む。
すると彼は満足そうに頷き、俺の傍から離れていく。
俺は慌てて壁越しに彼を目で追うと彼は2、3m先で立ち止まり、暴れている喧嘩人形の名を呼んだ。





…彼の言葉には魔法でもかかっているのだろうか。
今まで自販機やら標識やらを振り回していた怪物がピタリと動きを止める。
そしてその怪物は持ち上げていた電柱をゆっくり下に下ろし、田中さんの方に顔を向けた。
「仕事っすか?」
「だべ。つーか静雄…おめぇなぁ」
「…すんません」
「謝んなくていいから、その分ちゃんと働けな。早く終わったらトムさんが飯奢ってやんべ」
「…っす」
「よし、じゃーちゃちゃと仕事終わらせに行くか」



そう言った田中さんは静ちゃんに近付き満面の笑みでくしゃりと静ちゃんの頭を撫でると、俺がいる方とは反対の方向へ歩き始めた。
そんな田中さんの後ろを静ちゃんがひよこみたいについていく。
その頬は微かに紅く染まっていた。







遠くなる二人の背中を見つめていた俺は、なぜか心臓の辺りがずきずきと疼くのを感じた。
だが俺は、その疼きを消し去ろうというように自分の心臓へ爪を立てる。



俺もただの人間だった
(俺はこんな気持ち、知りたくなかった)




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