獣の目をした鬼


夜。
カーテンを分けて窓の外を見ると、ザァザァと空を切るように雨が降っていた。こりゃあ早く仕事切り上げてよかったな と後輩の彼を思いながらポケットから出した煙草を口に銜える。今頃、静雄も自分のウチで同じことを考えているだろうか。
そんな彼の顔はすぐ俺の頭の中に思い出され、窓には光に反射して俺の微笑んだ顔が映る。


ピンポーン


そんな雨音しか聞こえない俺の部屋に来訪を知らせる音が響く。現在9時を過ぎているこの時間、何の用だろう と窓を離れて玄関に向かう。一瞬 静雄か?とも思ったが、まさかあいつが何の連絡もなしに来るはずないとすぐ考えを消し、覗き穴から外を見る。
そして外に立っていた人物を見て眉を顰め、チェーンロックをかけながらも扉を開ける。

「…何やってんすか、赤林さん」

赤林は俺の姿を見た瞬間、へらりと笑う。

「いやね、帰ろうとしたら急に雨に降られちまってねぇ。トム坊、今日一日泊めちゃあくれねぇか?」
「…駄目だっつってもあんた帰らねぇだろ」
そんな俺の言葉に赤林はもちろんといいたげな顔で笑う。
俺は深い溜息を漏らしながらチェーンを外し、仕方なく赤林を部屋の中に招き入れた。



 ―――――――――― 


「いつ見ても、綺麗に整頓された部屋だねぇ」

赤林は手に持っていた杖を壁に立て掛け、遠慮もなしにソファに腰を下ろし、煙草を吸いはじめる。

ほんとにこいつは好き勝手しやがる。

俺はその赤い頭に乱暴にタオルをかけると、その頭がゆっくりこちらに向く。

「タオル。風邪引くからそれで拭いとけ。」
「…」

赤林は不思議そうな顔しながらタオル越しに自分の髪をくしゃくしゃと拭き、こちらを向きながら笑う。

「珍しいねぇ。トム坊がそんな優しいことするなんて。もしかしてずっと会えなくて寂しかった、とか?」
「な訳ねぇべ。そんな軽口言ってっと部屋から追い出すぞ」

そう言ってキッチンに足を向けるとつれないねぇと小さく呟く赤林の声が雨の音に交じって聞こえた。





10分後
こぽこぽと2つのカップにお湯を注ぐ。
底に沈んだコーヒーの粉をお湯に混ざるようにしてスプーンをクルクル回すと段々こげ茶色に変わっていく。
赤林のと自分のを片手に一つずつ持ち、ゆっくりとリビングのテーブルに近付く。



しかし赤林は寝ていた。ソファに体を深く沈ませてスーッと規則正しい寝息をたてている。
俺はカップをテーブルに置いて床に座り、ジッと赤林の顔を見る。

そうやっていると、何故か安心感が俺を満たす。
ほんとは…寂しかったのかも知れない。
赤林に最後あったのは2ヶ月ほど前だ。
その間メールも電話もしねぇ恋人がどこにいるってんだ。
そりゃあも寂しくなる。

俺は立ち上がってソファに寝転がり、赤林の太股に頭を乗せて目を閉じる。衣服から微かに赤林の吸っている煙草の匂いが香る。その匂いはけして不快ではなくむしろ余計に安心してしまい、俺は愛しげに赤林の少し湿ったシャツに顔を擦り寄せる。
そしてそのまま眠る体勢に入ろうとした時、



「…可愛いことしてくれるじゃないか」
「っ!?」

急に響いた声に驚いて目を開けるとすぐそこに赤林の顔が近づいてきていて、唇に深い口づけが落とされる。
最初はなんとか受け入れていたが何ぶん息が少な過ぎた。すぐに息が苦しくなる。
しかし、俺が酸欠状態になっているにも関わらず舌を滑りこませてこようとする赤林に抗議の意を込めて思い切り背中に爪をたてる。
すると赤林は俺の唇を舐めあげてから名残惜し気に唇を離す。

「なんだい?今からいいとこなのに」
「なんだい、じゃねぇ!急に何なん…ふ、んぁ」

目に涙を溜めて息を切らしながら睨む俺の首筋に赤林が舌を這わせる。
俺は赤林のシャツを思わず掴むと目の前の鬼はニヤリと笑う。

「…こりゃあもう誘ってるって判断していいんだよなぁ?トム坊?」
「いぁ、ちがっ…ふぁっ」


自分の喘ぎ声が部屋の中に響き、恥ずかしくなって唇を噛む。
しかし、赤林がそうはさせまいと俺に先程よりも深い口づけをしてから俺の耳元で囁く。



(今日は寝させてやんねぇよ)



意識の端に捉えた雨音はいまだ強く、街にその跡を残すかのように降りそそいでいた。


獣の目をした鬼
(あぁ、やっぱこんなやついれるんじゃなかった)
(離せこの変態エロ親父っ!!)



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