初恋ワルツ


物静かな路地の一角にあるマンションの中、シンとした暗い部屋。
その真ん中に俺は一人の女性と向かいあって立っていた。
少し高さのある二人の目線が絡み合う、しかしそれはいつもとは違って悲しげに歪み、微かに潤みを帯びている。
俺は池袋の街が派手な色のネオンを発しているのを目の端に捕らえ、先程までの時間が戻ることを刹那に願う。
がそれは儚い望みでしかなく、それからしばらくしたのち、彼女は口元を手で覆い隠しながら俺の横を通り過ぎた。
俺は出ていく彼女を引き止めることも追うこともせず、ただそこに一人、立ち尽くすことしか出来なかった。


 ――――――――――――







俺は人並みに恋をしてきたつもりだった


クラスの女の子見て可愛いなぁと思って
その子と話す機会なんか作ったりもして
告白して付き合ったり振られたりして
周りの奴らに茶化されながら一緒に帰って
手つないでキスをして
まぁやれるとこまでやっちゃったりもした


だけど、そんなやましい気持ちで付き合ったことなんて一度もなかった
その子の為にデートの時間を必ず一週間に一回は作った
彼女に無理なんてさせたこともないし、いつだって彼女の意見を尊重して彼女に尽くしていたつもりだった
俺なりに愛していたつもりだった
…だけど、何かが違うのだ
何かを俺は、長い時間見つけられずにいるけれど






「……む…、……ん、…っ……トムさんっ」


髪を梳かれる心地好い感覚が俺を襲う。
聞き覚えのある低い声に目を開けると、眩しい光と共に安心したように微笑む静雄の笑顔が降ってきた。


「大丈夫っすか?」
「…あーわりぃ。また俺寝坊しちまったのか」

俺はソファの上に転がっていた自分の体を起こし、つけたままの時計を見る。
その短針はすでに午前の取り立てが終わっている時刻を指しており、俺は手首で額を押さえ、思わず「あちゃー…」と呟く。

「寝坊どころじゃねぇべな。すまん、今急いで準備すっからちょっと待っ」
「トムさん」


軋む身体を無理矢理立ち上がらせ、俺が自室に向かおうとした時。
後ろから急に強い力で腕を引っ張られ、気がつくと俺は静雄の胸の中に収まっていた。

薄い彼の胸板から酷く速い心臓の音がする。
とくんとくんとなるそれの音は何故か妙に心地好い
でもそれがどうしてか理由は分からず、俺は胸元に埋めていた顔をあげて苦し紛れに後輩の名を呼ぶ。

「…しずおー?どーしたぁ?」

反応はない。
再度同じように呼び掛けるが、少しも動かない。
ただ俺が静雄の名前を呼ぶ度につかまれているシャツがくしゃりとなるだけで。


(…どーしたもんかね)

俺は心内この後の取り立てについて考えながら、ポンポンと一定リズムを刻みながら静雄の背中をたたく。
昔母親にやってもらったように優しく、子供もあやすように愛を込めて…って

(俺はなにを言って)
「トムさん」
静雄が俺の名を呼ぶ。
それをいつの間にか望んでいたかのように俺はバッと顔をあげる。
すると静雄は俺の前髪をかきあげ露わになった額にその薄い唇でそっと触れた。
軽めのリップ音が微かに響き、俺は目を見開いて静雄を見上げる。
俺の目線の先には微笑む彼の姿があり、その唇は愛の言葉を呟いたかと思うと、静雄は俺に外で待ってますと告げて俺の横を通り過ぎた。
静雄が通り過ぎた瞬間に昨日の記憶が一瞬蘇るが、すぐにそれは静雄の笑顔によって消える。

(いまのって…キス、だよな)
俺は静雄の触れた額に手を這わせ、先程の唇の感触を思い出す。
それだけで俺は顔が火照ってくるのを感じる。
今まで付き合った彼女とキスしたってそれ以上のことしたって、こんなに恥ずかしく思ったことなんてないのに、だ。
…おかしなことだ。
しかも静雄は俺と同じ男という性別である。
でも不思議と今ある想いは、今までとは違うように思えてならないのも事実で。

俺は胸元を強く掴んで脳内から消えない彼の姿を想った。
(あぁ、もしかしてこれが本当の)



初恋ワルツ
(初めて感じたこの想いに名前をつけるなら、それは)



 ――――――――――

Title:レイラの初恋


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