儚く消えるそれは


※中学時代



某神社。
そこでは夏ならではの行事が開かれていた。
赤々と燃える提灯が夜の暗闇を明るく照らし、人々は屋台が並ぶ中へ中へと、目を輝かしながら入っていく。

その明かりから少し外れた神社の入口に、ストレートの少し茶色がかった髪を一つに結んだ眼鏡の少年が立っていた。
学校の時とは違うラフな格好の彼は、腕につけたい時計を見る。
彼との約束の時間は7時のはずだが、その時計はその時間よりも10分進んでいた。


それを見た田中トムは、フゥと小さく息を吐いて空を見上げる。
少し曇りがかった空は月さえも隠してしまっていて、暗く重い。
そうやってボーッとしているとカランカランと軽い足音が近付いてくるのに気が付き、音の方に目を向ける。




「トム先輩っ!!すいません、待ちました……よね?」

ハァハァと息を切らした静雄は、膝に手をあてながら俺を上目遣いで見上げる。
胸がぎゅうっと縮まるのが自分でも分かる。
だがそれを押し込めてトムは彼の髪をくしゃりと撫でる。

「待ってないべ。
ほら、祭り終わっちまうから行くぞ」


そう言って静雄の手をさりげなく掴むと反対にトムの手が握り返された。



「静雄、どれ食いたい?」


屋台が並ぶ神社の中に入ってから、隣の後輩にそう尋ねかける。すると静雄は一つの屋台を指さし、それを見た俺は思わず笑ってしまった。
だが静雄がムッと顔をしかめたのが目の端に映り、すぐ笑った顔を引っ込める。


「すいません。このりんご飴ください」
「はい、300円です」

お金を屋台の店主に渡し、受け取ったりんご飴を静雄に渡すと一瞬で顔が変わる。
目を輝かせて飴にかぶりつく静雄を見てトムまでも幸せな気持ちになった。



「あのー…」
「ん?」
「そんな見られてると食いにくいんすけど」


そういう静雄に
だってほんと美味そうに食うからさと笑っていうと
上手いんだからしょうがないじゃないっすかと口を尖らせながら返された。
この甘党め。


それから何分か経ち、静雄の美味そうに食べる顔をずっと見ていたら今度はこっちまでお腹が空いてきてしまった。
あまり自分のは買わないつもりだったのだが堪らなくなってかき氷を一つ買った。
上にかけるシロップを選んでいると後ろから「イチゴ」とつぶやかれ、結局手元にはイチゴシロップがかかった甘い甘いかき氷。



しぃずーおーとゆっくり後ろを向けば、してやったりという顔の静雄がいた。





それが堪らなく愛しくて。
可愛いなぁと思っちまって。
でもそれを認めたくなくて。




静雄もきっと同じ気持ちで。
言えば多分両想いで。
でも世界の常識が俺らの間に割って入って。




俺らは今日も擦れ違う。



 ――――――――――――― 

「はぁ…今日は楽しかったっすね」
「そーだなぁ」


帰り道、誰もいない道を二人歩く。
その間は微妙に空いていて、前を歩く静雄はトムの方を見ずに呟く。


「トム先輩」
「んー?」
「あれ…」


トムが静雄の指差す空を見上げた途端、大きな音が響き、それと同時に一つの花が空に咲く。


「先輩、花火っすよ!!
見に行きましょう!」


静雄は空に咲く花の音に負けない大きな声でそう叫び、トムの手を掴んで走る。
手を掴まれたトムは静雄に引かれるがままに付いていく。


静雄が走る先には川が一つ流れていて、その花火はそこから咲いていた。

そういえばここで花火大会があるって誰かが言ってたけど、それがまさか今日だったとは


そんなことを頭の隅に考えていたトムだったが、意識の殆どは花火の方にいっていた。
色とりどりの花火は止まることなく空に浮かび、そして一瞬にして儚く消える。


空を見上げるトムの隣で同じようにして花火を見つめる静雄は、花火から目を逸らさず、先程と同じようにトムの名を呼ぶ。

「トム先輩」
「ん」
「好きです」
「ん……って、へ?」

バァン


今までで一番大きな花火が上がり、周りから歓声が沸き起こる。
トムが花火に向けていた目を静雄に向けると、静雄の真剣な目と絡み合う。


…うっそだろ。


トムのポカンとした顔に静雄の顔が柔らかくなる。



「先、言っちゃいました。なんかもう耐え切れなくなっちゃって」

「もうすれ違いなんていやなんすよ。周りなんて俺、気にしないですから…」

「トム先輩、付き合ってください」



静雄の率直な言葉が俺に降りかかる。


…なんだよ、これじゃあ俺のがすげえガキみてぇじゃねぇか



トムは、今まで自分の考えていたことが急に恥ずかしくなって、静雄の顔を真っ直ぐ見ることが出来なかった。


しかし、そんなトムを静雄は優しい声音で呼ぶものだから、思わず人目も気にせずに彼を抱きしめてしまった。


さっきまで曇っていた夜空は、星が見えるほど綺麗に輝いていた。


儚く消えるそれは
(まだ俺達の手が届く場所にあったんだ)



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