君と世界をはんぶんこ


「好きだよ、静雄」

そう言って俺が微笑みかけると、俺より頭一つ分以上高いこの男は決まって悲しそうな顔をして潤んだ瞳を揺らす。透き通って綺麗なその黒色は白の中を右左とさ迷って固定しない。俺はそれを何度も見てきてはいるけれど、それは何度見たって心が痛くなって、俺の胸奥に突き刺さる。
嫌…だったか、ごめんなと苦笑いをしながら謝れば途端に変貌、目の前の男は目を見開いてふるふると可愛らしく頭を振って違う、違うんですと必至に弁解の言葉を口に出す。でもなんでそんな顔するのかとか、何が違うんだとか、お前は何も言わないから俺も不安になる訳で。


だから今日は思い切って問い詰めてみた。逃げだそうとする身体に手を回してガッチリと掴み、引き寄せる。静雄、と掠れた声で名を囁けば、腕の中の可愛らしい恋人はびくりと怯えたように震えるもんだから流石の俺も少し傷付いた。だけどそうも言ってられない。
だって俺は引き返せないくらいお前に惚れ込んでるんだ。…ってうわ、こういうのってすげえ恥ずいのな。静雄以外には多分言える勇気ねーべ。

そんな心中内の格闘を超え、今はソファに座っていて俺よりも小さい静雄を見た。顔を紅く染めながらも今だに俺の身体から離れようと小さな抵抗をしているもんだから、逆に彼に自分の身体を寄せて額に口づけを落としてやった。バッと顔を上げた静雄の顔は今の一瞬で熟れた林檎の色になった。可愛いなぁ、愛されてるなぁ。だけど俺、お前の隠してること知りてぇのよ。


「トム…さ」
「なぁ静雄、言ってみ?それとも俺ってそんなに頼りねぇ?」
「そんな…っ!」
「じゃあどうしたんだよ。一応これでもな、余裕ねぇのよ。お前のことんなると」


そう言って俺は困ったというように静雄に眉を顰めてみせた。俺のそうした表情に心優しい俺の後輩はというと喉からうっと息の詰まる音を発していて、その後「トムさんは狡いっすよ…」と悪態をつきながら俺の肩口に額を付けてすりすりと甘えるように頭を横に振った。俺はそんなことを滅多にしてこない静雄に少し驚きながらも、それを宥めるように背中を優しく摩った。掌から感じる大きな鼓動。それはきっといつもと同じように機能しているのだとは思うのだが、なんだか今日は頼りなさげに小さく感じた。だから俺は大丈夫だよ、って伝えたくてもう一つ空いた手で彼の輝く髪を出来るだけ優しい手つきで梳いてやった。
染めて傷んでいるはずなのに、俺の髪より綺麗な彼の髪はいつものようにふんわりとフローラルの香りがする。


「トムさん俺、怖いんです」


静雄が無言の沈黙を破って口を開いた。顔は見えないけれど声は今にも泣き出しそうなくらい震えていた。



「俺、普通じゃない、から。色んな人傷つけてる、んです」
(それなのに今俺すごく幸せで)



「トムさんとこうやっていられる時間があってすごく幸せで、愛おしくて…嬉しいんです。だけど…っ」
(俺は今まで多くの物を、人を、関係を、この強大な力で壊してきたのに)



「そんな俺が、こんな幸せになっていいのかって思ったら、」
(怖いんです。いつかそんなことをしてきた俺に天罰が当たって、この幸せがなくなってしまった時のことを考えると)



怖いんです、と身体を震わせる腕の中の恋人は、開いた口から小さな嗚咽を漏らした。





目の前の恋人に言いたいことは沢山あった。



他人のことなんて考えなくていい
俺とお前の世界に他の奴は関係ない
俺はお前が幸せならそれでいい




全部全部俺の本音だ。
だから俺は静雄や他から言うほど大人じゃない。
考えることなんて結局餓鬼と同じようなもんだし、人間なんて殆どそんなもんだ。

だけどそれに属さない心優しい静雄は、きっとこんな俺の言葉を望んじゃいない。
キレたらそんなこと考えねぇのに、自我取り戻すとそんな自分を嫌悪して知らぬ間に傷つけてるお前は、きっとそれ聞いたら悲しい顔をする。
それが一番嫌なんだ俺は。


「静雄」


スッともう一度指に絡んだ金髪梳いてから愛しい名前を呼ぶ。少し経ってあげた彼の顔に苦笑いを零し、梳いていた手を静雄の後頭部に置いて引き寄せる。腕の中で小さく彼が身じろいだが、それは無視して俺は目を閉じた。閉じた暗闇の中に、静雄が微笑む姿が映った。


「いいんだ、お前は幸せになって。誰もお前を恨んだりしない。俺が保証する」




確証なんてないんだ
真実性だって少しもないし
信用なんて全然出来ない
だけど、
もし違っていたとしても
信じていたいんだ
お前と幸せ夢見てたいんだ




だからこうやって俺もお前も一緒に笑っていられるこの世界は
こんなにも素晴らしい





君と世界をはんぶんこ
(愛している人と幸せになることに、理屈は必要ですか?)


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