来ることのない明日


「次のニュースです。東京都豊島区南池袋で昨日午後3時26分、ビルが炎上しました。」


朝起きてテレビを付ければ、今日もまたそこから不幸の知らせが流れ出る。
死者何名、負傷者何名……たらたらと感情のない言葉の羅列。
その言葉を読み上げるニュースキャスター。
その目は少しだけ潤みをおび、涙ぐんでいた。
だけど彼女はまた明日も同じように人間の死を伝えるためにそこに立つ。
だったらその涙は一体何の涙だってゆうんだ?


俺はリモコンを手に取るとバチリとテレビの電源を切って外に出た。
朝起きたばかりで頭ははっきりしないし髪はぐしゃぐしゃだけど、あの空間から早くいなくなりたかった。
飯なんて食える気分でもなかった。




外に出た俺は、池袋の街を人混みを掻き分け進む。
無表情で歩き続ける人々。何の感情もない顔。
彼らは俺の周りを色んな方向へ進んでいく。

どこかの誰かが今日死んだって、何もなかったようにここは人が絶えず行き交う。
ここにいる誰かが明日死んでも、きっと誰も気付かない。
そして俺が同じように今日この世からいなくなったって、誰にも気付いてなんてもらえない。
テレビで放送されることもなく、俺は一人、死んでいく。



「おっ。静雄」


公園の向こう側から彼の声がしてそっちを見るといつもと変わらない笑顔で俺に向かって手を振る。
ぺこりとお辞儀をする。


「何してんだ?こんなとこで。非番なんだから寝てりゃあいいのに」
「………」



俺なら多分この時間まだ寝てるわ
そう言ってニッコリ微笑む彼に目を当てることが出来なくて目を伏せる。


もし今日俺が寝てる間に彼がいなくなってしまう、ということは
彼の死に俺が気付く前に彼が逝ってしまうということで
俺は彼を知らない人達と同じように今日を送って
気付いた時に彼はいない
テレビで放送されることもなく、彼は一人、死んでいく



「…また考えてんのか?」


頬に優しく触れる温かさに俺は伏せていた目を少し前に向ける。
彼の眼鏡の奥の瞳がゆらゆらと揺れる。
その黒く綺麗な瞳の中にあるのは、歪んだ俺の実像。
彼の大きく角張った、でも温かいその手に自分の手を重ね、彼の手と一緒に額に乗せる。

俺が死んでも彼が死んでも世界のどこかにいる他の誰かが死んでも、何もなかったように世界は変わらず廻るのだ。
まるで俺が、彼が、この世界にいなくてもいいような存在であるかのように一定の速度を保ったままゆっくりと。
そしたら俺は何のために生きてるの
この世界の人達は何のためにここに存在してるの
俺達はどうして、

「静雄」



彼の声が脳内に響いて、気付くと脇から肩にかけて手を回されてぎゅっと抱きしめられる。
ふんわりと風と一緒に流れてきたのは、彼がいつも付けている香水の匂い。
優しく香るそれは俺の鼻腔を擽った。
鼻の奥がツンと痛い。
視界がぐにゃりと変形する。
彼は俺の背中を何度もさすりながら笑って呟く。




「俺はお前が俺を忘れずにいてくれるならそれでいいって」




誰か一人でも覚えていてくれるならそれは幸せなことだって
そしたらみんなここで存在し続けられんだって
なぁ、
好きな奴に覚えててもらうことほどいいことなんてねぇよ?
だからさ、


「そんな顔してんなって」



そう言ってまた笑う彼にまた俺は涙が止まらず溢れ出る。
そんな俺を彼は宥めるように背中を再びさする。
こんなに優しくされると、いつまでたっても涙は止まりそうにないけど。
もし止まったならその時はちゃんと俺も伝えたい







あなたがいれば、それでいいのです

(その日からあなたは俺の世界の中心)


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