まだ子供な僕ら


※学生時代





人はよく、特別な何かになりたいと願う。
ある人は誰かに憧れて「俳優になりたい」と、ある人は誰かに恋い焦がれて「恋人の一番でいたい」と、その内容は人それぞれある。
だけど俺は“特別”なんてものは、いらなかった。
その代わりに普通で平和な生活が欲しかった。
ただ、平凡な日常を送りたかった。
でもそんな俺の願いは、人間が“特別”な存在になることよりもずっと、遠くにあるんだ。

 ――――――――――――

朱い色が空を染め上げ、太陽が今日一日の役目を終える時間。
校舎下の方から部活帰りであろう学生達の姿が見える。
俺は屋上の周りに張られた柵に背中を預けてその団体見ていたつもりだったが、いつの間にか数時間前までこの場所にいた先輩のことを頭に思い浮かべていた。

(田中、先輩…)

俺は右腕に綺麗に巻かれた包帯を引っ張って空気に傷口を晒す。
思った通りそこには一筋の赤い線が真っ直ぐと延びている。
そして確信。
俺は、やっぱり…


 ――――――――――――


…事の発端は昼休みの時間まで遡る。
俺は今日も三年の先輩達から呼び出しをくらい、体育館裏に来ていた。
勿論それは愛の告白だとかいう甘ったるいもののためではなく、先輩達が5、6人で俺を囲んで喧嘩を仕掛けてくるためである。
それがいつもだったから今日も同じようになるのだと思い、少し油断をしていた。
だがどうだろう。
体育館裏に行くとざっと見回して50人ほどの先輩方がバットやら金属棒やらを手にし、俺を待ち構えていたのだ。
いくら俺に巨大な力があるとしてもまだ中学生。
喧嘩には負けなかったものの、無傷でという訳にはいかなかった。
そこにたまたま通り掛かった田中先輩が屋上で傷の手当てをしてくれたのだ、が。


“特別”で、普通じゃない俺の傷口から流れていた血は、すでに止まりかけていた。
その傷は、まるで今日受けたものとは思えないほどで、俺はまた今日も自分の存在を実感する。
そして包帯を巻く彼の手を止めて笑う。

(俺は化け物なんで大丈夫ですよ)

そう言った瞬間彼はふざけんなと立ち上がり、俺は一瞬の内に押し倒された。
そして泣きそうな顔でお前なんかもう知るかと呟いた彼は、俺が声をかける前にどこかへ行ってしまった。


 ――――――――――

それから5時間ほど経った今現在、学校のスピーカーから下校時刻の放送が流れ始めた。
あと30分で校門が閉まる。


(…帰ろ)

俺は塞がっている傷口に適当に包帯を巻き、一人校舎の外に出ようと屋上の階段に向かって足を踏み出した。


「…おせぇ」
「っ!?」

校舎内に入ってすぐ後ろから聞こえた声にびくりと体を震わせる。
ゆっくり後ろを振り向いてその姿を確認した俺は、はっと息を呑んだ。


「せん、ぱ、い」
「しかも包帯ぐちゃぐちゃだしよ」

呆れたように肩を竦める先輩は俺に近付き、俺の右腕を取って俺が巻いた包帯を巻き直す。
その手つきが不自然に優しく、なんだか胸がキュウとなる。

俺を嫌になったんじゃないんですか、
俺のことなんてどうでもいいんじゃないんですか、
なんで俺にこんな優しくするんですか、


先輩に聞きたいことは山ほどある
だけど今は


(謝らな、きゃ…俺は、彼を傷付けた)


彼の泣きそうな顔を思い出した俺は、謝罪の言葉を舌に乗せて口を開く。
「田中先輩、あの…あの俺」
「静雄」


名前を呼ばれた。
俺は出かけたごめんなさいを飲み込み、はいと返事をする。
彼の目線は今だ俺の腕だが、それに構わず彼は語る。
「転んだ傷なんてさ、すぐ治んだよ。人間の体って言うのは丈夫だし、薬塗ったり消毒したりしたら尚更速く治る。
だけどよ、内側の傷はすぐになんか治ってくんねぇんだよ。治ったと思ってもなんかの拍子に傷口開いてまた痛くなるしさ。厄介なんだよ、一回作っちまったら一生治んねーかもしんねぇし。
だからよ、」

包帯を巻き終わった田中先輩は、ゆっくりと目線をあげた。
揺らがない真っ直ぐな目に微かな寂しさをちらつかせながら、先輩は俺の両肩に手をかける。


「自分で自分のこと、傷付けたりすんなよ。
辛かったら周りに全部吐き出しちまえよ。
俺の前で我慢なんかしなくていいんだよ。
まだ俺は中学生のガキだから静雄の全部受け止めらんねぇかもしれない、でも」


(俺が必ずお前を守るから)
そう言って笑う彼に今度は俺の方が泣きそうになった。
“特別”なんて今でも要らないけど、あなたのおかげで少しだけいいかなって思えたから。


まだ子供な僕ら
(大人になったら今度は俺があなたを守れますように)


企画「青春ラバーズ」さまに提出させて頂いていました。



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