君を乗せて


今日は久々の休暇だった。
というのも社長が『せっかくの夏なんだからお前らもう少し楽しめ』と会社全体を休みにしてくれたからだった。
だからこの機会に、トムさんを誘ってどこかに出掛けよう、なんて思っていたのだ。
それなのに……



ドンドンドンドン
「平和島静雄ぉ!!」

玄関のドアが乱暴に叩かれ、その外から怒鳴り声がする。
静雄は外にいる煩い野郎共の汚い声を聞き、額に皴を寄せる。


なんでこんな見ず知らずの他人が俺のウチの前にいるのか。
そんなこと、考えなくても分かる。
あのノミ蟲野郎だ。
あいつが情報を売ったとしか考えられねぇ。

静雄はあの厭らしい笑みを浮かべる情報屋の顔を思い浮かべ、さっきよりも皴を深く顔に刻む。


よし、殺す。
外出てあいつらぶっ飛ばしたら新宿行ってあのクソ野郎の息の根を止めてやる。
…ほんとは大好きなトムさんに会いに行きたいけど、こんなムカムカした気持ちじゃきっと彼に迷惑をかけてしまうから。


静雄は臨也に対する怒りとトムさんに対する愛しさの狭間に心を揺らしながら玄関の扉を開け、目の前にあった薄汚い顔を思い切り殴った。

今日一番に見る顔が彼だったらよかったのに





相手は10人ほどだった。どいつこいつも刀や金属棒など何やら危ない物を手に持っている。
しかし、だからと言って静雄が不利になることはない。いや、あるはずなどない。

静雄は自分の住んでいるマンションを破壊しないように自分のいる階から一階まで飛び降りて建物の外へと出る。
自分の足が軋む音を耳にしながら上を見上げると、先程の男達が何かを怒鳴りながら階段を使って下に降りてくるのが分かった。

こうやって見ると、まだまだ時間がかかりそうだ。

静雄は待つなんて時間の無駄だと判断して自分のマンションに背を向ける。そして臨也がいる新宿に向かおうと足を踏み出した。




が、その時ゴムとコンクリートが擦れるキキィッという音が目の前でしたかと思うと、静雄の良く知った声が耳に入ってきた。



「あれっ静雄。どっか出掛けんのか?」
「ト、トムさん…?」


静雄は首を傾げる。
何故か?
それは、彼が車に乗ってしかも運転している姿を静雄は一度も見たことがなかったからである。
そんな静雄の考えていることが分かったのか、トムは笑いながら車を撫でる。
「これ、俺のじゃあねぇべ?ダチがよ、結構いいの持ってっから借りてきた」

この車、格好いいだろ?と自分のでもない車を静雄に自慢するトムに静雄は笑顔がこぼれ、そうっすね と相槌をうとうとした時、背中越しにあの男達の声が響く。



「平和島ぁ。てめぇよくも五十嵐の顔殴ってくれたなぁ」

そう言って段々近付いてくるチンピラをちらりと見ただけでトムは直ちに状況を理解し、静雄に小声で呟く。
「…静雄、車乗れ」
「えっ」
「面倒事なんだろ?」


今にもチンピラに殴りかかろうとしていた静雄をトムはほらっと急かす。静雄は躊躇いながらもトムの強い押しに負け、男達の隙をついて車の助手席に乗り込む。
だがもちろん男達がそれを見逃すはずがない。
一人の叫びを合図にして男達は一斉に車へ飛び掛かる。

しかし、トムはそれに慌てず、冷静にハンドルを切って金属棒を躱して車体を回転させる。
そして前から振りかぶられた棒もバックで華麗に避けると思い切りアクセルを踏み込み、2人の乗った車は静雄のマンションを後にした。




静雄を車に乗せてから少しして、静雄が小さな声で呟く。
「すんません」
トムはそんな静雄に「なんでお前が謝んだ?」と首を傾げる。

「いや、トムさんの予定狂わせちまったなと思って」
「あー、でもそんな時間ロスしてねーから大丈夫だべ。静雄、そんなことより火ぃ付けて」

そう言ってトム胸元から出した煙草を口に銜えて静雄に顔を近付ける。
そんなトムに口づけたい気持ちを押さえながらどうぞ と愛用のライターの火を灯す。

「おーサンキュ」
トムはそう言いながら右手をハンドルから離して煙草を掴み、開いた窓から煙を吐き出す。排出された紫煙は風に乗って微かに車内にその香りを残していく。

そしてその煙草の煙が静雄の鼻を掠めた時、トムは静雄の方を見ないまま口を開く。

「時に静雄君」
「…?はい」
「今日はせっかくの休みだべ」
「…はい」
「めんどくせぇことなんてしたくねぇべなぁ」
「はい」
「でよ、ちょっと提案なんだけど」

「今からこの車で一緒に海行かね?」
「えっ」
「一人で行くには寂しいからよ、俺にちょっくら付き合っちゃあくれねぇか?」





…もしかしてそれって


「デート…ってことっすか」
「……まじまじ言うなよ、照れんべ」


そう呟く彼の頬は微かに赤く染まっていて、俺と同じことを考えていた彼に思わず抱き着いてキスをした。


君をのせて
(そして車は走り出す)
(この先に待つのは、きっといつも以上の幸せ)





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