※トムside





今日は一日雨だった。
朝テレビを付けてやっていた天気予報では晴れると言っていたのだが…やはり予報というのだから当てにはならない。だから薄い箱の中で全国へ笑顔を垂れ流しにする綺麗な若い女性に罪などないが、こういう時は少しイラッとくる。もしや傘を作ってる会社と天気予報士はグルなんじゃないかとも思ったりもしてくる。だから俺はひどい雨が降る中をびしょ濡れになりながら走っていた。俺の家の傘立てにはビニール傘だらけで流石にもう入んねーし。傘だけにそんな金を使うなんて溝に捨ててるようなものだ。勿体ない。
しかし、

「強くなってきたな…」


目にかからぬように眼鏡を覆うように手を額に付けて空を見上げると、鋭い水の粒が曇った空から途切れなく降っているのがよく見えた。


(…一旦どっかで雨宿りでもすっか)


俺は胸に集金袋をかかえながら色とりどりのカラフルな傘の合間を抜け、頭を振って場所を探した。すると、すぐ近くの小さな路地外れのビルから飛び出た屋根が目についた。質素、を通り越してさびれて古くなってはいるが雨宿りするくらいなら丁度いい場所だろう。俺は走ってそこまで行くと勢いよく屋根の下へ飛び込んだ。




「ふぅ」

田中トムは切れた息を整え、髪から水分を取り除くために髪の付け根から後ろ髪にかけて指を髪の隙間に滑りこませながら屋根の端から再び空を見上げた。
先程よりも酷くなりはじめた雨の勢いに顔しかめ、腕時計へと目を落とした。


(まだ雨も止まなそうだし…今日は直帰にさせて貰うか)



俺はポケットに手を突っ込んで目当てのものを取り出すと、アドレス帳からある名前を探し出して発信ボタンを押した。数回の呼び出し音の後、不機嫌そうな低い声が耳元で響いて、俺は低いその声の主の名称を呼ぶ。

「社長。あの、田中です」
『あ?…あぁ、お前か。何、直帰の申告か?』
「…流石社長。全部お見通し、ってやつですか?」
『馬鹿やろう。てめぇと同じこと考えてるヘタレが沢山いるってことだよ』


雨くらい走って帰ってこれるだろうが、と一喝されると耳が痛い。まぁ確かにそうだ。でも、文句言うならあの天気予報士に言って欲しい。


「…きっとみんな同じ天気予報見てたんすよ」
『…お前何派だっけ?』
「4チャン派です」
『俺もだよ。気が合うな、まぁ俺は折りたたみがあるけどな』




…訂正しよう、天気予報はさして問題じゃない。問題なのは意識の低さだ。

「すんません…で直帰いいっすか?」
『謝るなら心こめて謝りやがれ。…まぁでも今日は特別多めにみてやるよ。そのかわり明日仕事倍な』
「げ…ちゃっかりしてますね」
『当然だろ』



受話器ごしに鼻高々に物言う態度に苦笑いをこぼし、了解ですと言葉を発して電話を切ろうとした。が、


『あ、そうだ。田中』
「はい、なんですか?」


耳から離そうとしていた携帯を元の場所に戻して返事をすると、電話向こうの彼は珍しく少し戸惑っていて、どうしたんすかと俺が軽く急かしてから一つの言葉を吐き出した。









『静雄が今日、辞表出しに来たぞ』





「え…?」



言葉を、失った。


『…やっぱその様子だと何も知らねーみてぇだな。』
「え…あの、静雄が…ですか」
『あぁ、今日の昼頃にな。ほんとはお前に言う必要ねーって言われたけど…やっぱお前には言った方がいいと思ってな』




社長の声を聞きながら、何故だろう。寂しいのに、隅っこで安心してる自分がいる。
それは静雄から前のように襲われる心配がなくなったから?
それとも同性から好きだと言われなくなるから?
…どっちにしても、俺は




『最低だお前は』
「…っ!!」



心内で呟いた言葉が外部から耳に突き刺さる。俺は思わず身体をびくりと震わせる。そんな俺をまるでどこからか見ているかのように、社長は呆れた、でもしっかりとした真剣みの帯びた声で俺を諭すように呟く。




『田中、あいつはお前が拾ってきたやつだろう。だからあそこまで面倒みてたんだろう?それなのにあいつはお前に何も言わずにこんなん出してきたんだぞ。…田中、お前ほんとにこれでいいのか?』
「…ッ」



社長の言葉が耳から頭の細胞にブルブルと刺激が伝わる。


分かってる。
社長が言ってることを一番分かってるのは俺自身だ。
だけど、


俺は震えた腕に爪をたて、唇を噛み締めた。





「だけどっ、俺は一瞬でもあいつを怖いと思っちまったんです…っ」






あいつが、一番恐れていることを





思ってしまった



「だから俺はっ、」



静雄に何か言えるような立場じゃ、



『トム』



社長が俺のファーストネームを呼んだ。ハッとして息を呑むと、電話の向こうで彼の息を吸う音が聞こえる。




『…俺はさ、おめぇらに何があったか知らねーよ。働いてる会社の社長だっつっても結局赤の他人だし、俺だって詳しく聞こうとは思ってねぇ。…だけどよ、あいつとお前の他人は俺のとは違うだろう?他人だけど、お前はあいつに一番近い他人だろう?分かるだろ、トム』




(きっとあいつ、今頃泣いてる)




電話口の彼の声のトーンが落ちる。いつものように覇気の篭ったそれではなかった。けれどそんな彼の声は、俺の心の奥深くまで十分に染み込んだ。社長の声が受話器の向こうで少し力強くなった。




『トム、もう一度言う。お前ほんとにこのままでいいのか』





俺は次の瞬間、彼の言葉を全部聞く前に走り出していた。冷たい雨が降り続く暗闇に紛れた池袋の街を風をきって走り抜け、俺は一つの目的地へと足を向ける。





雨はまだ、止みそうになかった



足りない
(あいつに伝えることはまだ何も纏まっちゃいねーけど、)
(きっと伝えることが大事なんだ)



 
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