会社のオフィス。
いつもなら何人かの社員が行き交う社内には、今現在自分と社長しかいなかった。それはきっと正午のど真ん中であるからだろう。皆取り立て先の近くで飯でも食ってる時間だ。勿論俺がその時間を狙ってきたのだから、誰かに会うということがあれば予想外の出来事なのだが…。


パサリ
社長の手の中でたった一枚の紙切れ、しかし俺にとっては重要な一枚の紙が乾いた音を立てる。白紙の裏側から軽く透けて見える2文字の重々しい言葉とその下にずらりと並ぶ小さな文字の羅列。彼は机上に肘をつけながらも、真剣な面持ちで俺が渡した紙に載った小さな言葉を目で追った後、静かにその紙をひらひらと振った。

「これ、本当にお前いいのか」
「はい、あの…俺が出した損害は、ちゃんと返しに来ます」
「当たり前だ。このままじゃ俺の会社、一生黒字に
なりゃしねぇよ」
「ははは」

そう言うと社長は俺の額を軽く小突いた。ヒリヒリと痺れた額を笑ってさすりながら あぁ、彼は変わらないな と心の内で安心した。





…別に彼はけして「いいよ、別に返さなくても」なんて優しい言葉を吐くことなんてないし、今みたいにいい大人はしないようなことをする妙に子供っぽいところもあって頑固だ。じゃんけんに負けたら他人の都合など考えないで無理矢理仕事を押し付けるし、部下に自分の昼飯を平気で買いに行かせる。よく言えば自由気まま、悪く言えば自分勝手な人だ。…だけど俺は、彼のそういうところに何度も救われた。他の人みたいに変に気を遣ったりだとか、遠慮したりだとかまったくしないで。俺相手だと分かっていても、変わらず同じでいてくれる。仕事に失敗しても呆れるだけで解雇などしないし、文句をいいながらも俺が壊した公共物の弁償をしてくれる。
…有り難い、本当に彼には感謝してもしきれない。本当はこんなにも世話になっている人を前にそんな馬鹿をする俺は罰当たりだ。
…でも、




「そういえば、お前これ田中に言ったのか?」
「っ!?」



無意識にびくりと身体が揺れる。その瞬間、脳内に浮かび上がった記憶の中に、深く刻み込まれた彼の笑顔が姿を見せる。笑顔の後には、あれからずっと夢に出て来た彼の泣き顔。胸に何かが刺さるような痛みが全身に広がる。




…あれからもう一週間が経った。結局あの後起きた彼に会う勇気もなく、俺は後始末を終えてから自分の家を抜け出し、セルティのマンションに逃げ込んだ。彼も、俺の前に姿を見せることはなかった。
当たり前だ。
あんなことしたんだ。
貴方を泣かせてしまった。彼の世界を、見守ろうと思っていた世界を壊してしまった。これ以上の取り返しはつかない。何をしても無駄だ。もし、本当にもしも彼がそれを許してくれたって、またあんな歯止めの効かない状態にならないとは限らない。

そしたら俺には、やることが一つしか思いつかなかった。





俺は、セルティの家に引きこもっている間に先程社長に渡した一枚の紙を書いた。書き方など詳しくしている訳じゃないから、少し変になってるところも沢山あるけれど、それでも必死に書いた。彼の前から姿を消すために、彼がもう泣いたりしないように、彼が…幸せになれるように。








「トムさんには…言う必要、ありません」
「…そうか」





彼は何も聞かずに俺の汚い字の羅列が無数に並べられた紙を受け取ってくれた。俺は全ての感謝を込めて深々と頭を下げた。それと同時に感謝の言葉を吐き出そうとしたら、口からは無様な嗚咽しか出なかった。そんな情けない姿の俺を前にしても、社長は何も言わずに俺の髪をくしゃりと撫で付けた。今まで自分勝手な行動ばかりを散々取ってきたのに、最後まで温かい彼の優しさに思わず涙が落ちる。



その時急に、歪んだ視界の中出て来た愛しい彼も何故だか泣いていて、俺はどうしようもなく哀しい気持ちになった。



忘れたい
(そんな簡単に消せる想いなら最初からいらないよ)

 
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