池袋の街。
それはいつもと変わらず、賑やかを通り越して騒がしかった。それぞれ個性を持った人間が交差する街中。平和島静雄は今日もその中を走っていた。

やべぇ、間に合うだろうか。

目的の場所のある道に続く交差点を曲がり、もうすでにこの街と一体になったかのようなその建物の中へと俺は身体を滑りこませた。階段を一気に上がり、息を切らしたままドアを勢いよく開ける。中にいた人の視線が、一気に自分に向けられたのが分かる。


「…ちわっす」
「お、静雄。はよ」
「ギリギリセーフだな。つーかお前寝癖ついてんぞ」

事務所に入ると彼と社長の強い煙草の匂いがいきなり鼻奥をツンと刺激して思わず顔をゆがませた。二人ともよくあんな強いの吸えるよなぁと思いながら跳ねている髪を摘んで、直んないんすよこれとその髪を見た。色がちょっと落ちてきた、今度休みの日、トムさんに染めて貰おうか。息を整えながらふぅと深い息を吐き出すと、一番事務所で日当たりのいい場所を独占している社長がどうでもよいというように相槌を打った。


「ふーん、まぁいいけどよ。とりあえず静雄、早くこの馬鹿連れていけ。俺もうこいつの話相手無理だわ」
「ちょっ…それ酷くないっすか。せっかく色気のねぇ社長にこうやって俺が話を」
「大きなお世話だ。お前がずっとここにいやがると部屋が臭くなる」
「だからその煙草止めた方がいいって言ったじゃないっすかー。人の話は最後まで聞きましょうよ」
「うるせー、これしかなかったんだよ。んなこといいからてめぇは早くいきやがれ」


そう言って彼は椅子に腰掛けたまま足を上げ、トムさんの背中を蹴る真似をした。ひどーい、暴力反対ーとかなんとか叫びながらもトムさんは俺の横まで歩いてきて、じゃあ行くかと笑った。
その笑顔を見るのがいつもはとても幸せなのだけれど、今日はなんだか酷く胸が苦しい。
何故だろう。痛い。


「静雄ー」


背中越しから社長の声。はい、と返事をすると頑張れよと言われた。
何故だろう。やっぱり何か、おかしい。






外に出ると彼がさっきまで吸っていた煙草を携帯灰皿に捨てて、薄っぺらい紙を見つめていた。俺は胸ポケットに入れていたサングラスをかけ、彼に近付く。


「今日は午前10件と午後20件だな。…この量なら今日は早めに帰れるかもな」
「…そっすね」


トムさんの手にある取り立て先がずらりと並んだ紙を横から見つめる。見た感じからだとそこまで距離がある場所はない。時間がかかっても7時には全て終えられるだろう。横目で彼を見る。やはりその顔にはなんだかいつもとは違う雰囲気を感じて。思わず聞いてしまった。先のことなど考えずに。


「トムさん」
「んー?」
「なんかいいことでもあったんすか」


少し前を行く彼が振り返る。振り返った彼の表情に俺は息を呑む。
そして後悔する。
いつかは知ることにはなった、でも知りたくなかった、貴方をそんな笑顔にする原因。


「いや、実は俺さ」






「…え――――」




俺の世界が動きを止めた、瞬間。



「彼女出来たんだ、2こ下の」




そう言って照れ臭そうに笑う彼は、やっぱりいつもよりも幸せそうだった。俺といる時とか事務所にいる時とかとは違う、俺には踏み込むことが出来ない世界を知らない間に彼は持っていた。
だからもし今ここで俺が貴方への気持ちを伝えたら、彼はきっと壊してしまう。その作り上げた幸せな世界を。
だから、俺は


「そうなんですか。だからあんな朝からにやけてたんすね」
「に、にやけてたか!?」
「はい」
「マジかぁ…今度から気をつけるわ」




それを壊さないためにも、貴方の幸せを守るためにも、俺は心に嘘偽りを塗りたくる。
黒く、貴方への愛おしさなど始めからなかったかのように深く深く。



「じゃーとりあえず一件目行くか」



そしたらきっと貴方はいつものように笑うから。俺はその笑顔を貴方の傍で見られればそれでいい。だから今は目頭の痛みなど気にしちゃ駄目だ。きっと止まらなくなる。



「静雄ー?」



彼の口が俺の名前を紡いだ。そんなこといつものことなのに、それが彼の彼女という幸せな位置を勝ち取った女の名前を出す唇と同じなのかと思ったら、なんだか酷く虚しくなった。


知らない
(どうか気付いてなんて言えるはずもなくて、俺は不幸の先へと足を踏み出す)



 
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