壊してはいけない


※X'masネタ
※サンタは赤いふくの白ひげおじさんだっ!という方はBackをおすすめ。












雪がちらほらと降り始めた、世間でいうクリスマスイヴという日。
椎名はいつも以上に真っ白になりながらこの水族館に来た。雪の小さな粒が椎名のマフラーやら黒い服やらに付着してとても寒そうだったから、来なくてもよかったのに なんて思ってもない言葉を椎名に投げ、俺は彼を室内に招いた。
椎名は館長室に入るなり身体をぶるぶると震わせるもんだから、おかげで室内は溶けた雪でベチャベチャ。色んな場所に水滴が散り、俺にも少しだけかかった。
まぁ今はシャチを呼んだから綺麗になっちゃいるが。


そして今椎名は俺が渡した毛布に身体を包ませ、一番暖房が効くところはどこだと歩き探している。
少しすれば室内全体に温風が行き届くというのに。忙しない奴だなと思いながらもペンの動きを止めたまま見つめていると、何故か椎名は窓枠に腰を下ろして丸くなった。

いや、そこが一番寒いだろ。

そう思って俺が椎名を呼ぼうと口を開いた一瞬手前。椎名がなぁ と呟いたもんだから、俺は口を少し小さくする。


「何」
「今年は来るじゃろうか」
「何が?」
「サンタクロース」

椎名の言葉に俺は瞬きを繰り返し、それを兎顔の男に向ける。

「サンタクロース?」
「なんじゃ伊佐奈。お前知らんのか」
「いや、知ってるけどさ」

サンタクロースぐらい。という言葉を飲み込み、俺は怪訝そうにこっちを見る椎名と目を合わせる。


俺だってクリスマスのことをよく知っている自信なんてこれっぽっちもないが、サンタクロースが架空の人物であることくらい知っている。正確に言えば、サンタクロースは架空だが、そのモデルとなった人物は現実にいたのだが。
4世紀頃、東ローマ帝国のキリスト教教父ニコラオス。無実の罪に問われた死刑囚や身売りにされそうだった娘を救ったといわれている聖者だ。
その娘を救うために煙突から投げ入れた金貨がちょうどそこにあった靴下に入ったことから、プレゼントを靴下に入れるというのが広まったらしいが、だからと言ってプレゼントとかそう言うのには関係ないし、貰うにしてもニコラオスの命日である12月6日の翌朝だ。
12月25日は聖体礼儀の日、プレゼントはない。
とにかくサンタクロースの存在は椎名くらいの歳ならばもう知っているはずなのだ。
しかもサンタが家のどこからか侵入して良い子の枕元にプレゼントを置いて去っていく、なんてそんな犯罪じみたことが現実で行われる訳がない。しかしそれを伝えるには君の横顔が余りにも物悲しそうで、俺は口にしようとした言葉を飲み込んでじっと兎を見ていると、彼は遠くの空を見上げながらポツリと、小さく言葉を落とした。


「兎なんて、追っかけ回しとったからかの」
「え」
「いい子にしかこないんじゃろ、サンタって」



振り返ったその顔が年相応らしいような顔で歪むのをみて、俺はあぁそうか、と思った。幼くして化物兎に姿形を変えられた椎名は、精神年齢もそのままなのだ。だからサンタクロースのこともまだ信じていて、何も知らされないままにここまで育ってきてしまったのだ。
俺はそう思ったらペンを置いて立ち上がり兎に近づくと、毛布に隠れた細い背中をギュッと抱きしめた。びくり と身体が震え、椎名がはっと息を呑んだのが分かった。俺は毛布の上から椎名の肩口に顔を埋める。


「来る、…今年はちゃんと来るよ。それで次の日になったら枕元に贈物があるんだ。お前の欲しいものが入ってる箱が必ずそこにある」


椎名の手が俺の右手に触れる。人間の手に戻ったというそれは酷く冷たい。
「…でもあの日以来、今までだって一度も来なかったんじゃ。今年だって同じに決まっとる」

段々か細くなって消えてゆくその声は寂しそうに呟かれて、椎名の手が俺の手を優しく握る。俺はその手に指を絡ませて離れぬように力強く握り締め、ヘルメットをもう片方の手で投げ捨てると顕わになった口で椎名の頬に口づけた。椎名の目が見開き、ばっと俺の方を向く。その顔はいつもは真っ白なはずなのに少し朱く染まっていた。

そんな表情を見せられれば堪らない。俺は椎名の身体に回していた腕に力を込め、椎名の顔を俺の顔の真横に寄せる。
その衝動で椎名の肩から毛布がするりと落ち、それに隠れていた白い毛が姿を現した。ふわりと肌に触れる心地よさに思わず目を閉じる。俺は、温かい人間の体温を感じながらゆっくり口を開いた。


「大丈夫、椎名には来る。俺が約束する」

そう言っていい聞かせるようにそっと呟けば、横にあって顔は見えなかったものの、椎名が小さく頷いたのが分かった。
この上ない愛しさが込み上げる。

さぁそれなら明日はなにで彼を喜ばせてやろう。
起きて見つけたそれに彼はどんな顔をするだろう、と考えてみたら自然と笑みがこぼれた。
あぁ椎名、俺は早くお前の笑顔が見たいよ。




壊してはいけない
(純粋な瞳を持つお前は、まだこれを知らなくていい)




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