Welcome Home


※5巻ネタバレ
その後


「なんて言ってた?」
「おまえに帰ってきて貰いたい、と」
「……は?」

思わず零れでた困惑の声と共に呆けた顔を鯱に向ける。それに何故か苦笑で返され、俺は如何にも不機嫌だという顔を作って首を小さく縮こめる。
笑われるのは嫌いだった。馬鹿にされているのではないと知っていても、何だか慣れない、というか、自分がそんな風に笑えないからなのかもしれない。
暫くして鯱にもそれが伝わったのだろう、それは止み、それでと言葉を続けるとその巨体は水を掻き分けるかのようにして俺に近付く。

「…それで、どうするんだおまえは」
「…帰る訳ないだろう」
「何故?」
「分かるだろう、そんなこと」

ばしゃりと水の跳ねる音が止む。目を閉じると、渚へ波が寄せる音が耳朶へと直接的に入り込み、俺はそれに耳を傾けながら馬鹿馬鹿しいと呟く。


そんなこと、帰るとか帰らないとか以前に、俺みたいなのに帰れる場所なんてない。そんな場所、俺には始めから存在していない。あそこで俺はただ孤高に立った暴君でしかなかった。あんな場所、いられるはずない。そんな場所に、俺は再び、いられるはずもない。


「本当にそれでいいのか」


見下ろされ、言葉が降る。怒る気にもならない。そのかわりに自分の方へ近付く手を振り払い、頭上を睨みつけるように見ながら低い声で吐き捨てるように呟く。


「黙れ、俺が戻ったところで昔と変わらない」



そう。何も変わりはしない。悔い改めることなど知らない。そんなの分かりたくもない。何が間違っているのかなんて、そんなの



「そんなことはない!」


聞き覚えのある声に俺は背中ごしに振り返る。そして唇に乗せてその名を呟く。

「…一角」
「なんと!私の名前を覚えて下さっているのか!光栄、実に光栄だ!」

一角はずんずんとこちらに近付き、俺の高さに腰を下ろすと今度は手を握ってぶんぶんと上下に降り始めた。俺はそれに呆気に取られながら、後ろに待機している鯱に目配せをする。


「…なんのつもりだ」
「どうにもこうにも。ただ俺は一角にここの場所を聞かれたから教えただけだ」
「……」

余計なことをと思ったが口には出さない。変形しそうになった鰭からも力を抜く。分かっている、傷つけたところで、何も手に入らないことなど。


「伊佐奈殿、我々が再びあの水族館を再開させるには貴方にいてもらわなければ困るのです!多くの、丑三ッ時水族館を楽しみにしてくださる多くのお客様のために!」


揺るぎない言葉、初めて直視した瞳。俺は今まで何も見ていない、俺は自分のこと以外考えられない。他人なんていなくても生きてゆける、俺には、必要ない。


「…さっきも…サカマタに言ったが、俺は今もこれからもあのままだ。他人のためになんて何かしようとは思えない。お前等の思うようなことは出来ねぇよ」


だから早く帰れと言い放ち、俺は一角の手から自身の手を抜いて立ち上がる。痛みなどない。そう、これこそが俺の生き方。変われない、もう、今更。


「それなら我々が貴方を変えて見せよう!」


いきなり掴まれる肩。海に向かっていた爪先が方向転換し、がっちりと両手の肩に手をかけられて顔を近付けられる。


「もし貴方が同じ罪を繰り返そうとするならば、私達は貴方を全力で止める!もし何か違う道を歩もうものならば、我々は貴方の道を正そう!それが出来るのは我々が貴方を信じて、そして愛してるからこそなのだ!それが有る限り、我々は貴方に出来る限りのサポートする!伊佐奈殿!それでもまだ足りないか!!」











感情が、言葉にならない。唖然として、どうしたらいいのか分からない。
ただ、一つだけ言えるのは








「伊佐奈殿!」
「…後悔しても知らねぇぞ」

「「…!?」」






この心に込みあげてくる、このどうしようもないほどの嬉しさが






「後悔などする訳がないでしょう!私は貴方をっ!」
「煩い、分かったから黙れ」





ここにあること






「サカマタ」
「…!?」
「…いくぞ」


「…ふん。言われずとも」



俺は海へと足を踏み出す。その先に新しい導(しるべ)と共に、優しい温かさと光が見えた気がした。



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(そう言って笑う彼等に)
(俺はどんな顔をして笑ってやればいいかな)

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