穏やかに揺れる


窓辺に吊されている布の隙間から差し込む光の眩しさは、浅い眠りから心地好い目覚めを運ぶ。
その運ばれてきた目覚めのよい朝の空気を感じながらサカマタはゆっくりと起き上がろうとした…が、それはすぐには敵わなかった。じんわりと身体に染み渡るような腰痛を感じ、一度起き上がりかけた身体は再びベッドのうえに沈む。サカマタはその痛みの原因に深い溜息をついてふいと隣で横になっている男へと目を向ける。その様子に再び唇からは息が洩れ、思わず呆れた声が出る。


「全く…気持ち良さそうに寝ていらっしゃる」



俺はこんなにも腰に来るものがあるというのに、と重い身体を摩ればいつもよりも酷い痛みが全身を襲った。サカマタはそれに一瞬顔をしかめ、痛みが通り過ぎたのを確認してから勢いで身体をベッドから起こした。痛みはまだ当分長引きそうだが、仕事を休むことは許されない。そうしたならばそれだけの報復が返ってくる。しかし、あちらから求めておいてと理不尽を押し付けることは出来ない。それは勿論俺もその行為に及ぶことに対して拒否などしていないからだ。まぁどちらもどっちだということだ、仕方ない。

しかし少しいつもよりも居心地がよい。きっと身体の不快感がないせいであろうが、その理由とは彼が珍しく丁寧に後始末をしてくれたからなのだろう。少しは性急過ぎたことを反省しているのか、それとも単なる気まぐれなのか。まぁ何にせよその点には感謝し、俺はかけてあったスーツに腕を通した。そしてなんとか支度を完了させた俺は、ぎりぎりの時間が来るまでとベッドの横に腰を下ろし、深い眠りについている伊佐奈の顔を見つめる。


その顔は麗容としかいいようがなかった。長く上を向いた睫毛、高い鼻に厚く色素の薄い唇、その全てが彼の整った顔立ちを作り上げている。彼の髪を梳かすように指を絡ませれば、少し痛んだ黒髪は艶っぽく手の中から擦り抜ける。そのまま撫でるように頬に指を這わせれば、その滑らかな白い肌は柔らかく跳ね返るような弾力を見せる。

愛おしい、その全てが。この長く生きた人生の中でこれほどまで心苦しい想いをしたことは彼を想う以外にはない。地上にいる時間など海にいた時間と比べればたかが知れているというのに。

(でもこの想いは嘘ではない)

なにか確実な理由はないが、形にしなくとも自身と相手にそれが分かっているならばいいのだ。
少なくとも俺達は、そう。





「…さて、」

行きますか、と立ち上がる。まだ定例会議には時間がある。もし来る気配がないならばその時に起こしにくればいい。
自分にはまだ終わっていない事務の仕事が多量にあるのだ。こうのんびりとばかりしてられない。
それに、触れれば触れるほど離れがたくなってしまうのは目に見えているのだ。

(これ以上は、色々と危ない)

いきなり脳内に浮かび上がってきた昨日の長い夜に頬へ熱が集まるのを感じ、慌てて彼から視線を逸らす。それと同時に締め付けるような強い力が右手首にかかり、反射的にそこに目を向けた。
カチッと生気のない黒い目と視線が絡まる。吸い込まれそうだ、だがその目はサカマタに視線を逸らすことを許さない。

「…もう行くのか?」


それは、手の力とは対象的な覇気のない眠そうな声だった。少し拍子抜けしながらも無言にならないようにこくりと頷く。


「あ、はい。溜まっている仕事を片付けに…ッ!?」


手首に触れた手に力が篭ったと思ったらいきなり強い力で引かれた。受け身を取っていない身体は自然なままに上半身はベッドの上へダイブ。ガツンと鼻をぶつけた鈍い音が内部で響く。地味な痛みに声も出せぬまま唸っていると、頭部を低く心地好い温かさが包み込んだ。心音が急上昇、震えた声で彼を呼ぶ。



「い、伊佐…奈ッ」
「まだいいだろ…?なぁサカマタ」


頭に掛かっていた息が止まる。触れる弾力。柔らかなリップ音。
目には映っていないはずの光景が瞳の中に駆ける馬の如く走り抜け、焼き付く。


「行くなよ」


耳元で、低いアルト声が囁く。まるでそれは悪魔のように人を誘惑し、惑わす。甘い毒だ、何とも言えない狂おしさが込み上げる。


しかしこうなったらどんなに切羽詰まった状況にあったって関係ないのだ。藻掻いたってなにしたって抗う術などあるはずないのだ。
彼の前では何もかも、


(無意味だ)


俺は彼の言葉に今度は何も返さず、代わりにキュッと彼の前の開いたワイシャツの裾を掴んだ。頭上からふっと笑う気配。そうして暖かな温もりの中で俺は、優しい海へと沈んでいくようかのようにゆっくりと目を閉じた。



穏やかに揺れる
(波の如く緩やかに)
(貴方の心地好い声音を潮風に乗せて)




――――――――
ニナさん
リクエストありがとうございました!
【伊逆で強引な伊佐奈と振り回されてるサカマタ】とのことでしたが…ちょっと弱いような気がします…すみません; なんかサカマタがとにかく伊佐奈好き過ぎててもうどうしよ…とか胸バクバクさせながら本気で悩みましたもの!も、こんなものでよろしければどうかお納めくださいませ!!
ニナさんへ捧げます。

[ 3/5 ]
[prev] [next]



Back


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -