春のまどろみのような声で
※パロ
コーヒーの苦いような甘いような芳しい香りが鼻先を掠めて目が覚める。清々しい朝の空気の中、固く閉じた自身の目を開けると、眩しいくらいの日光が入ってくる。毎日同じように自分へ光は射しているはずなのに、今日も俺は反射的に目を細める。慣れないものだ、たとえどれだけそれを経験したとしても。たとえそれが、愛するあいつが俺に向ける笑顔だとしても。
「あっ、道さん」
薄いレースの奥にある白い光を見つめる俺の横顔にかけられた声。それにちらりと目を向ければ、視界の中を占領する柔らかい表情をした恋人。
彼はおはようございますと言いながらヘニョリと笑うと、後ろ手でドアノブを閉めてベッドの中に今だいる俺に近付いてきた。彼が歩く度にその手の中にあるカップのぶつかる音が室内に響き、中の茶色い液体は薫りを空中に分散させてゆらゆらと揺れていた。
トスンと一部のシーツに彼の体重がのしかかり、スプリングが小さく軋んだ音を発する。鈴木の右手に握られた白いカップがどうぞ、という何気ない甘い言葉に乗せて渡される。ふんわりとした温かな湯気と共に薫り高い苦みを帯びたそれが起床直後の鼻先を擽る。良い香りだった。鈴木の入れるコーヒーはあいもかわらず舌の上をゆらりと上手く転がる。俺が煎れたんじゃこんな味は出ない。同じ豆を使って同じ道具を使っているはずなのに、だ。不思議なことだが事実だからしょうがない。この前コツを教えて貰ったのだがよく分からなかった。今度また教えて貰おうか?
(だけど、教えて貰ったってきっと)
「道さーん」
「んー?」
熱いコーヒーの表面を息を吹き掛け冷ましていると、横から強い力をかけられる。いきなりのそれにビクリと身体を震わせれば、先程よりも俺の身体を抱きしめる力が大きくなる。スリスリと鈴木の黒髪が俺の首筋を撫でる。サラリとした淡白な髪質がくすぐったい。
「なーに?」
「道さん可愛い」
「ばーか、大の大人に言われたって嬉しくねーよ」
「じゃあ誰に言われたらいいんですか」
「んー年上の女性とか?」
そう言ってやれば、なんすかそれと口を尖らせながらも甘えるように顔を俺の肩口に埋める鈴木。その仕草に俺は思わず笑い声を口に出す。
(教えて貰ったってきっと、結局何もしないんだ)
(だって俺とお前が離れなければ今日みたいにお前は傍にいてくれる)
そう思うとこんな会話さえ嬉しくてしょうがないんだ。馬鹿らしいけど、この想いは大切にしていたいんだ。
俺はまだたっぷりとコーヒーの入ったカップを近くのデスクに置き、俺に擦り寄ってくる大きな恋人を抱きしめ返す。
嗚呼、こんな幸せな毎日は今日でもう何日目のことだろう。知りたいけど、でも数えたりなんかしてやらない。
だって数えたりないよ、きっと。
お前と涙のお別れなんて死ぬ時くらいでいいから。
それまではずっと、一緒に。
春のまどろみのような声できみはぼくを撫でる(愛してる、と呟くその柔らかな唇に口づけて笑えば、齧り付くようなキスで仕返し)
(それは俺とお前の、ある甘い甘い朝の出来事)
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Title:hmr
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